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●インフルエンザの発生状況も分る? 「インフルレポート」
順天堂大学は、Appleの医学・医療研究および健康リサーチ向けに設計したオープンソース・ソフトウエアフレームワーク「ResearchKit」を利用して開発された、インフルエンザ調査用アプリ「インフルレポート」とドライアイや眼精疲労などの症状と生活習慣との関連性を明らかにするためのアプリ「ドライアイリズム」を公開した。ダウンロードはともに無料。本稿では、開発に携わった同大学の藤林和俊准教授(インフルレポート)と猪俣武範助教(ドライアイリズム)のインタビューを中心に、アプリの機能や開発の目的、研究の目標などを紹介していく。

まずは、医学部総合診療科の藤林和俊准教授が開発に携わったインフルエンザ調査用アプリ「インフルレポート」から。

「インフルレポート」は、質問項目と測定項目を組み合わせ、インフルエンザに関する重要な科学的疑問の解明を試みることを目的に開発されている。利用者は、最初にワクチンの予防接種状況などの簡単なアンケートに答えていく。その後、利用者が罹患してしまった場合は、その時の症状や処方された薬剤などについて、追加のアンケートに答えていき、30日ごとにインフルエンザ罹患状況やワクチン接種状況などを確認する。アプリを通じて得られた回答結果やインフルエンザに罹患した際の最寄の気温、湿度情報、歩行速度など、複合的な情報を元に、罹患患者数やワクチンの効果、罹患の危険因子などの解明に取り組んでいくことのことだ。

藤林氏によれば、インフルエンザは身近な病気ではあるが、分っていないところが多く、毎年、季節性のインフルエンザということで言うと、どのくらいの人が罹患しているのか、ワクチン接種者がどれくらいいるのかはっきりとした数字は出ていないらしい。ワクチンの消費量は分っても、一人で二回以上接種していることもあるし、保険診療で受けられないので、保険診療録も存在しないそうだ。シンプルで基礎的な部分がはっきりしないまま毎年、インフルエンザが流行し終息していくという背景がある中で、何か良い調査方法はないかと探っていたところ、ResearchKitに行き着いたと、藤林氏は経緯を説明する。

収集したデータは、アプリ内で分析され、利用者に地域ごとのインフルエンザ発生状況をフィードバックする。アプリの利用者のデータを元に発生状況を推測するので、厚労省が発表する「ゴールデンスタンダード」と呼ばれる精度の高い測定とは異なるが、気なる地域を登録しておくことで、勤務先や子供の通学先など、比較的狭いエリアの発生状況を知ることも可能になると、藤林氏。受験を控えたお子さんがいる親御さんなら、ダウンロードしておきたいアプリだ。

とはいえ、収集できるサンプルはiPhoneユーザーで、かつ、アプリをダウンロードした人に限られる。これはつまり、バイアスがかかった状態でのデータ取得となるはずだ。それでもiPhoneを利用するメリットはあるのだろうか? その問題については、まず、このようなフレームワークを提供しているのはAppleだけであるということを強調した上で、国内では最大シェアとなっているiPhone利用の意味を藤林氏は説く。

iPhoneユーザーが、少なく見積もって4,000万人だとすると、その中で1,000人に1人が調査に協力してもらえるだけで、数万人のデータを取得できるのだ。これまでの手法では5,000人サンプルが集まれば凄いデータだといわれていたことを鑑みれば十二分な数字である。サンプル数が多くなれば多くなるほど、信頼度の高いデータとなるわけだから、iPhoneユーザーというバイアスは、払拭とまではいかないかもしれないが、かなりのレベルまで下げられると言って差し支えないだろう。極端な若年でiPhoneを利用できない層のデータ収集はできないではないかという指摘もあるかもしれない。が、その点も実は考慮されている。アンケート参加には本人同意が必要(倫理的な配慮から20歳未満はエントリーできない)だが、同居している家族の簡単なデータは報告できるようになっているのだ。

ただ、トレードオフになる部分もあって、来院した患者に対してスタッフが細かいヒアリングを行うわけではないので、正確さという点では劣るとのことだ。これについては、サンプル数の多さをとるか、情報の精度をとるかという選択を迫られることになるが、藤林氏は対象数の多さのパワーを感じ取っており、今までは困難だったデータの取得が出来るのではないかと期待を寄せる。

藤林氏は、アンケートには通勤、通学形態を調査する項目も含まれており、これらからインフルエンザ罹患のリスクが分れば予防の一助になるのではと続け、もうひとつ、このアプリを使うことで、タイムラグを減らせる可能性があることを明かした。インフルエンザの流行状況は、受診した人を情報源とし、それらを元に医療情報を集約するので、2、3週間遅れて伝わるのが常である。つまり、最新のニュースを見たとしても、すでに2週間が経過しており、役に立つとは言い辛いという状況が生まれている。インターネットを利用した流行予想は既に行われてはいるが、このアプリに情報を提供してもらうことで、同じくらいのスピード感で流行している地域が把握できるかもしれないという考えを藤林氏は示した。藤林氏は、最終的には蔓延を防止できるところまで持っていければと、意欲を見せる。

利用者には、調査研究の内容および回答データの取扱いなどを項目別に説明した後で同意署名をもらうなど、調査研究参加にあたってインフォームドコンセントを行う。位置情報については、個人情報保護に配慮し、すべて郵便番号として収集する。研究結果発表の段では、市町村単位に変換するなどの追加処置を行う予定となっているので、プライバシー保護の対策も十分に考慮されている。

スマートフォンを使ってインフルエンザの調査を行ったという研究事例は、西アフリカで一件あったそうだが、それは元々紙ベースで行っていたアンケートをスマートフォンに置き換えたら、精度が上がったという程度の報告で、今回のように専用のアプリを作って、大規模な調査が実施されるのは世界で初めてではないかと藤林氏は語気を強めた。また、ResearchKitに関して、同じことをやろうと思ったら、時間もお金も人も要る、おそらく実績のある先生方でないとできないだろう、しかし、これで若い先生でもチャレンジできる環境が整備されるのではないかと、改めてそのポテンシャルを評価した。

●ゲーム感覚でドライアイ指数をチェックできる「ドライアイリズム」
続いて、医学部眼科学講座の助教である猪俣武範氏が開発に携わった、ドライアイや眼精疲労といった目の症状をドライアイ指数という形でチェックできるアプリ「ドライアイリズム」を紹介。眼科アプリのリリースは世界で恐らく初となるようだ。

このアプリは、前述のドライアイや眼精疲労といった症状と生活習慣の関連性を明らかにすることを目的に開発された。日本では2,200万人、世界に10億人いると推測されているドライアイは、最も一般的な眼科疾患である。だが、多くの人が未だに診断に至っておらず、眼精疲労、眼痛、頭痛、自覚視力の低下、肩こりなど、QOL(生活の質)を下げる原因となっているとのことである。普段からの症状の変動について、可能な限り正確な情報を収集できれば、予防や回復を早めたりすることができるはずだと猪俣氏は力説。そうした想いからアプリの開発に至ったと経緯を説明してくれた。開発はUI/UXデザインカンパニーである、株式会社オハコが協力。ユーザーエクスペリエンスの向上を目指し、アプリにはゲーム的な要素が取り入れられている。

アプリでは、まばたき回数の測定、実用視力の測定、世界的に使われている「OSDI」というドライアイ質問紙票を入力することで、ドライアイ指数が計測される。また、日々のストレス、睡眠時間、VDT(Visual Display Terminals:コンピュータのディスプレイなど表示機器を指す)作業時間、便の回数、水分摂取量などを記録し、ドライアイとの相関性を確認することができるようになっている。さらに歩行数との相関性、GPSを使ってどんなところで生活している人がドライアイになりやすいのか、どんな気象条件におかれるとなりやすいのかといったことを調査していくという。藤林氏と同じく、猪俣氏もResearchKitにおける双方向性に着目してるとのことで、利用者に対するフィードバックを提供できるのを利点として挙げていた。

自覚症状、黒目の傷の量、涙の量などの診断基準があるが、3つ以上基準を満たすとドライアイ、2つだとドライアイの疑いあり、0または1つは問題ナシとなるそうだが、臨床の現場でドライアイですか? と訊くと、殆どのケースで「違う」と返答されると猪俣氏は言う。だが、診てみると黒目の傷の量が多かったり、目が乾いていたりするそうだ。そこで、疲れやすいですか? とか痛いですか? と訊き方を変えると、ああ、そうですと答える傾向があるらしい。こういった人々のことを猪俣氏は「隠れドライアイ」と呼んでいるとのことだが、「ドライアイリズム」を使ってもらうことで、自分がドライアイであることが分ってもらえて、それで目薬を差してもらえれば仕事の効率が上がるかもしれないと、熱っぽく語る。

ただ、もちろんiPhoneは医療器具ではないし、アプリが行うのは「診断」ではないことに留意頂きたい。あくまで、ドライアイの指数を計測しているのであって、サジェスチョンとして、疑いがあります、なので病院に行ってみてくださいという流れにしてあると猪俣氏からクギを刺された。

その計測に関してなのだが、まばたきの回数はiOSのCIDetectorという機能を利用している。これはSDKとしてAPIも提供されていて一定の時間内に何回瞬きしたかをカウントできるのだ。カメラアプリの「Snow」などでも使われているのではないかと推測される。デベロッパーによっては、こういった解析エンジンを自前で組み込むこともあるそうだが、iOSでは、Appleが最初から用意しているので組み込みやすく開発しやすいと、オハコのUXデザイナー・野浪義也氏とエンジニア・李根一氏は指摘する。

オハコに協力を仰いだ部分は、UI/UXの見た目と使いやすさ。とにかく被験者に使ってもらわなければサンプルを集めることはできないから、前述の通り、アプリにはゲーム性を取り入れた。アプリ内で「まばたきを我慢する」のと「30秒間でまばたきの回数をカウントする」というのを被験者にトライしてもらうようになっているのだ。ドライアイが進むと、長い時間まばたきをせずにはいられなくなり、そこで反射が起き、瞼を閉じてしまう、だから極端に我慢できる時間が短い人、回数が多い人はドライアイの可能性アリですよという、目安になりうるのである。流れとしては、最初に回数のカウント、続いて、何秒、我慢できるかのチャレンジという風になっている。テスト回数も、最初は朝1回、夜1回と考えていたそうだが、1日2回を1週間やらないだろうという結論に至り、連続して楽しんで続けてもらうということを優先して、リリースしたバージョンに落ち着いた。

臨床研究で何が大変かというと、被験者に毎日、病院に来てもらわなければならないこと、参加者が限られること、費用がもの凄くかかることを猪俣氏は挙げる。しかし、ResearchKitを活用すれば、参加者は実質、無限大、費用も抑えられ、頻回にデータを集められる。「ドライアイリズム」のテストも本当は1週間続けてほしいとのことだが、それを通院に置き換えるとかなり厳しいものとなってしまうだろう。ResearchKitのおかげで、既存の研究では難しかった、新しい研究ができるようになるのである。

今後の医療の分野においてもいわゆるIoTは重要になってくるだろうと猪俣氏は続ける。インターネットと医療というテーマは以前から思案していたという印象を受ける。また、今回はサンプルの収集は日本国内のみで行うということだが、住んでる地域、天候などの環境などがドライアイの要因となるのではないかという予測の元に、将来的にはワールドワイドな調査ができればと、猪俣氏は今後の展望についても語ってくれた。ドライアイの発症率は、予測でしかなく、各大陸ごとのデータでもよく分からないという状況があるが、ResearchKitを使った調査は、そこに風穴を開けるかもしれないのである。

繰り返しになるが、iPhoneは現状、認可を受けた医療器具ではない。しかしながら、医療の現場をサポートするデバイスとしては大きな可能性を秘めているのだ。

(稲葉雅己)