【ニッポンの名車】バブル真っ只なかを駆け抜けたトヨタA70型スープラ

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当時のキャッチフレーズは「トヨタ3000GT」

スープラは、もともとセリカXXの北米輸出仕様の名称で、ラテン語で「超えて」、「上に」という意味。国内では、1986年デビューのA70型から独立した車種として登場。当時のキャッチフレーズは、「トヨタ3000GT」。

ジャガーなど欧州車のスポーツカーにも比肩する国産スポーツカー屈指の流麗なスタイリングを誇るあのトヨタ2000GTを意識してのネーミングであったが、スープラの場合、ヨーロピアンテイストは皆無で、アメリカマーケットを強く意識したデザインで、ここは好悪が分かれるところ。

そのボディは、5ナンバーサイズの標準ボディと3ナンバーサイズのワイドボディの2タイプが選べた。また着脱式ルーフの「エアロトップ」が用意されていたのもひとつの特徴。シャーシは、ソアラの基本コンポーネンツを流用したものだったが、ハイパワーFR車としての完成度は高く、四輪ダブルウイッシュボーンサスペンションも高剛性で、ポルシェ928に近いものを感じさせた。

エンジンは、2リッターの自然吸気(NA)から3リッターのターボまで、なんと6種類もラインアップ。全機直列6気筒で、主力は3リッターのツインカムターボの7M-GT(230- 240馬力)。ロングストロークのトルク型エンジンで使いやすく、トヨタ系ではチューニングベースのエンジンとして一時代を築いた名機。

ミノルタカラーや富士通テンカラーでグループAにも参戦

1988年8月には、グループAのホモロゲーション用の500台限定モデル「ターボA」も登場。7M-GTに専用の大容量タービンが用意され、270馬力までパワーアップ。

このターボAは、通称「ターボAダクト」呼ばれる3連ダクトが、フロントバンパーセンターにあけられていたのも特徴。のちに登場するスカイラインGT-R(R32)のNISMOの“ブタ鼻”(NISMOダクト)の走りともいえるものだった。さらに1990年のマイナーチェンジで、トヨタ車初の280馬力の5速MT設定車となる「2.5GTツインターボ」を投入。エンジンは7M-GTから、2.5リッターツインターボの 1JZ-GTEにバトンタッチ。

ビルシュタインダンパーもおごられて、大柄のボディの割にハンドリングがよく、ドライビングプレジャーの高いFR車と評され、チューニングやカスタマイズも盛んに行われた。モータースポーツでは、前記のとおり、グループAレースに参戦。

1987年にトムスが総合優勝を狙ってマシン開発を行い、デビュー戦のSUGOで優勝。あまり知られていないが、スパ・フランコルシャン(ベルギー)で行われた、スパ24時間耐久レースにも出場している。

グループAでは、ミノルタカラーや富士通テンカラーのスープラが印象的だったが、勝利はデビュー戦の1勝のみ……。90年でグループAレースから撤退し、93年まで生産された。

ライバルはフェアレディZとなるだろうが、指向性はやや異なる。セリカというスペシャリティカーの延長から、本格的FRスポーツとして誕生した70スープラは、他車にはない独自の世界観を持ったクルマだった。