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By NASA's Marshall Space Flight Center

人類が宇宙空間に飛び出してからおよそ半世紀が過ぎ、多くの人間が宇宙での生活を送るようになりましたが、打ち上げ・帰還中の事故を除いて宇宙空間で人が死亡したことは一度もありません。しかし、2020年の実現に向けて開発が進められる火星探査・移住計画の中で、まだ人類が直面したことがない「地球外で命を落とすこと」が現実に起こりうる課題として挙げられるようになっています。

What happens to your body when you die in space? | Popular Science

http://www.popsci.com/what-happens-to-your-body-when-you-die-in-space

人類を火星に送り込む計画は、月までしか行ったことのない人類をはるかに遠い場所にまで送り届けることを目指しています。地球から火星まで到達するには約7か月という期間が必要で、さらに地球に戻るには往路の百倍というコストがかかるため、初期の火星移住者には「地球には戻って来られないと覚悟すること」が求められると考えられています。

宇宙服などの装置なしでは生きられない宇宙探査ですが、実は1961年に当時のソ連の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンが初の有人宇宙飛行を行って以来、打ち上げ・帰還中の事故を除いて宇宙空間で亡くなった人は一人も存在していません。これはもちろん、安全を実現するために各国の機関が十分な準備や対策を行っているためなのですが、地球を遠く離れ、長い時間をかけて航行を行う火星への旅路では、これまでに経験したことがない事態に遭遇することは想像に難くありません。



By NASA Johnson

宇宙飛行士のテリー・バーツ氏はこれまでに、スペースシャトルとISS(国際宇宙ステーション)のミッションで4回宇宙を訪れ、うち2回は船外ミッションを実施しています。そんなバーツ氏によると、宇宙飛行士が行うトレーニングの中には「遺体を回収する」というカリキュラムは含まれていないとのこと。他の乗組員の命を救うための医学的なトレーニングは行われますが、実際に亡くなってしまった宇宙飛行士の遺体をどのように取り扱うのかは、その時のキャプテンと地上管制官の判断にゆだねられているといいます。

NASAもこの件について「NASAでは、起こる確率の低い危険性の全てについて危機管理計画を作成はしていません」と述べており、バーツ元宇宙飛行士も「16年におよぶ宇宙飛行士のキャリアの中で、他のメンバーと死の可能性について会話したことはありません。可能性があることは皆理解していますが、誰も触れたくない話題については話したくない、といった様子です」と語っています。

とはいえ、まったく何も準備がなされていないというわけではないのも事実。日本のJAXAやヨーロッパのESAなど、共同でISSに携わるパートナーは全て、クルーメンバーの死について準備を行っているといいます。ISSでの任務を経験しているクリス・ハドフィールド元司令官は「我々は『危機管理シミュレーション』と呼ばれるものを行っており、そこでは遺体についてどのように対処するのかを議論しています」と語ります。



By nolifebeforecoffee

ハドフィールド氏は著書「An Astronaut's Guide to Life on Earth」の中で、次のようなシチュエーションについて触れています。「管制センターにて:ISSからクリスが亡くなったという報告を受けた。即座に係員が対処にあたりはじめた。OK、クリスの遺体はどのようにする?ISSには遺体を収納しておくボディバッグは搭載されていない。ということは、宇宙服にクリスの遺体を入れてロッカーに保管しておく?しかし、『臭い』の問題はどうする?地球に戻る補給船に乗せて、他の廃棄物と一緒に大気圏突入の際に燃やしてしまう?または、船外活動の際に宇宙に放り出して船外投棄する?」

ハドフィールド氏は遺体の対処を行ううえで、遺体が生物学的に慎重な取扱いが必要な「Biohazard」であることと、安置に必要な場所が不足しているという点が問題になると述べています。船外活動の中で死亡事故が起こった場合は、活動服に収まった状態で遺体が保管されることになりますが、死後の遺体は腐敗を免れることができません。腐敗にともなう臭いの発生や遺体の変化、流出物などはISSの衛生状態を悪くするため、任務を預かる司令官としては非常に大きな問題になります。そのためハドフィールド氏は「クルーは遺体を活動服に入れ、どこか温度の低いところに保管するでしょう」と語っています。

先述のようにNASAでは詳細な遺体の取扱い手順を作成していないとのことですが、実際には過去に取扱いの方法について検討がなされたこともあった模様。その1つが、スウェーデンの企業「Promessa」が開発した「The Body Back」で、この中に遺体を入れ、宇宙空間の低圧と低温環境で「フリーズドライ」にするというもの。水分が抜けきった遺体はその後、振動を与えて粉砕することで宇宙船内でも保管できるようになり、体重が90kgあった人の場合はわずか23kgにまで圧縮することが可能とのこと。



また、宇宙空間に「投棄」することも選択肢の1つです。国連では宇宙空間における廃棄物の投棄に制限を設けていますが、「人体」に関しては規定が存在していないとのこと。とはいえ、実際の投棄の際には地上では起こりえないことが発生するとのこと。無重力状態にあり、空気が存在しない宇宙空間では、同じ速度で移動している物体はずっと同じ運動を続けます。そのため、船体から宇宙空間へ遺体を放出して「埋葬」しても、原則的にはずっと宇宙船について飛行を続けてしまうとのこと。そのため、実際に遺体を宇宙空間にうまく埋葬するためには、小型の噴射装置などを用いて宇宙船の軌道から遺体を分離させる必要があるとしています。

また、航行中の死亡事故以上に考えなければならないのが、火星の地表における死亡事例とのこと。人類が火星に移住することを目指している以上、人類が避けては通れない「死ぬ」ということについても考えておく必要があるといいます。低温・低気圧の宇宙空間ではフリーズドライや宇宙空間への放出による対処が必要ですが、ひとたび火星に降り立つとそれらの方法を使うことはできなくなります。

火星で人が亡くなった時にどうすればいいのか、その問題についてハドフィールド氏は「地球に持ち帰るのではなく、その場で埋葬することになるでしょう」と述べています。これは決してあり得ない話しではなく、最も現実的な方法といえそう。遺体を地球に送り返すのには多くのエネルギー、そして費用が必要となるためです。NASAで惑星環境の保全について研究するキャスリーン・コンリー氏は「人体を含む、有機物を火星に投棄することについては、地球からの微生物が死滅している状態であれば特に制限を設けていません。そのため遺体を火葬することが必要になるでしょう」と述べています。



By Kevin Christopher Burke

さらに、「最悪の場合のシナリオ」についても考えがめぐらされている模様。宇宙の開拓に出る何千年も前から、人類は新天地を目指して世界中の大陸の冒険を続けてきました。その過程では多くの命が失われ、その上に現在の社会が成り立っているといえます。冒険技術が十分に発達していなかった時代は、船での冒険の際に嵐などで航行ができなくなり、何日も漂流を続けることもありました。あらかじめ積んできた食料や水は底をつき、乗組員は次々に命を落としていきます。

そんな状況で、生き残りをかけた最後の乗組員がとりうる選択肢の1つが……亡くなった人の体を食料にする「人肉食(カニバリズム)」という行動といえます。複数のクルーが存在し、しかし目的地への到達までに必要な食料が不足しているという究極の環境では、誰か一人が最終的に生き残ることを目的に他のメンバーが自ら命を絶ち、食料消費量を減らして生存の可能性を高くするという選択肢は十分に起こり得るものといえます。しかし、それでもなお食料が不足している場合はどうすればいいのか……その答えは、映画「オデッセイ」で、乗組員の女性が父親に「地球から輸送される物資だけが食料源じゃないわ」と答えるシーンで語られています。

普段の生活では考えられないような究極の場合において、人体を栄養源とすることについては「それは古くからのしきたりです」と、生命倫理学者のポール・ウォルプ氏は語っています。

新しい世界に旅立つ際、そこには必ず何らかのリスクが付きものといえます。そして冒険に自ら身を投じる人々は、そのリスクを自らに課してまでも、人類の将来のために自分の身をささげようとするものです。究極の状況に置かれた時に人間がどのような判断を行うのかは、その当事者にしか理解できるものではなく、そこでは一般の人であれば「人間の尊厳を損なう」と考えるような行動が、最も適切な選択肢となることもあり得ます。人類未到の地である火星に旅立つということは、人類が再び「大航海時代」の世界に足を踏み入れるということを意味するものでもあるようです。



By Aseem Choudhari