スラッシュはこうして「世界一クールな起業イベント」になった

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2016年11月30日〜12月1日にフィンランドの首都ヘルシンキで開かれたスタートアップ・イベント「Slush(スラッシュ)」には、世界各国から1万7,000人を超える起業家や投資家、報道関係者が集まった。

「世界一クールな起業イベント」とも称されるスラッシュは、いかにして注目のイベントへと成長したのか。開催の前日、ヘルシンキ市内にあるスラッシュのオフィスで、CEOを務める現役女子学生、マリアンヌ・ヴィックラを直撃した。

――まず、スラッシュがどのようにして始まったのか教えてください。

スラッシュは08年にヘルシンキ在住の起業家たち6人が立ち上げました。当時、ヘルシンキには起業家同士をつなぐエコシステムがありませんでした。それなら起業家が集まるイベントを作ろうということで、彼らはスラッシュを始めたんです。

第1回目の開催(08年)では、250人くらいが集まりました。ほとんどがヘルシンキを拠点とする起業家で、まだ投資家やメディア関係者はいませんでしたね。その後10年までは、同じようなモデルで、つまり同じ志を持つ起業家同士がつながるイベントとして続きました。

変化があったのは11年。6人の起業家たちはそれぞれ自分のビジネスが忙しくなり、スラッシュに時間もお金も取られすぎるようになっていました。たとえば、ピーター・ベスターバッカ(当時Rovioの幹部)は会社が急成長して、本業がとても忙しくなった。そんな中、創設者たちはこのイベントをはたして続けるべきどうか、迷い始めていたんです。

ちょうどその頃、フィンランドではアアルト大学の学生たちが「起業運動」を起こしていました。彼らはすでに「アアルト・アントレプレナーシップ・ソサエティ」(通称、アアルトES)という学生組織を作って、起業やイノベーションをテーマにした講演やフォーラム、コンテストなどのイベントを開催していました。そして次にどんなことができるか、模索していたんです。

そこで11年から、アアルトESの学生たちが主体となってスラッシュの活動を引き継ぐことになりました。それがスラッシュのマインドセットを大きく変えるきっかけになりました。ヘルシンキの起業家たちが集まるだけのイベントから、スタートアップや投資家たちが集まるグローバルなイベントへと変貌を遂げたんです。


スラッシュを創設した起業家の一人、ピーター・ベスターバッカ。今もスラッシュのアドバイザー(顧問)として学生たちの活動を支援している。

――スラッシュを引き継ぐにあたって、それまでのやり方を変えようとした部分はあったのでしょうか?

はい、学生たちは最初に3つのゴールを掲げました。

1. 北欧の人々の「起業」に対する見方を変えること。もっとポジティブで、起業をキャリアの選択肢の一つにすること。

2. 起業家たちのスキルセットを磨き、グローバルなマインドセットを育てること。起業家たちがプロダクトをグローバルに展開できるようにすること。

3. ベンチャーキャピタルへのアクセスを提供すること。投資家たちをイベントに呼んで、スタートアップと交流できる機会を設けること。

この3つのゴールをもって、今日までスラッシュを続けてきたわけです。

学生たちが引き継いだ11年から14年までは、参加者数が毎年、ほぼ倍々で増えていきました。11年は1,500人、12年は3,000人、13年は7,000人、14年は1万4,000人でした。そしてそのあとはだいたい同じような規模感でやっています。

――今年(16年)の参加者数は、1万7,000人を超えたようですね。

はい、でも参加者の数だけなら、もっと大きいスタートアップ・イベントがほかにもあります。「規模」は私たちの目標ではありません。実際、今年は参加者数の上限を意図的に1万7,000人程度にとどめました。世界最大のイベントになることは目指していません。それよりも、一番「意味のある」イベントになりたいと考えています。

――でも、なぜ数年のうちに急激に規模を拡大できたのでしょうか?

もちろん、偶然もあったかもしれません。でもまず何よりも「コミュニティ」の存在が大きいと思います。「みんなで一緒にやろう」というメンタリティーがあった。起業家から学生まで、みんな「変化」を起こすことを選んだのです。こういう動きはどこでも起こるものではありません。

そして次に、学生たちへの「信用」。スラッシュを運営するのは私たち学生です。学生は経験がないから、早くノウハウを学びたい。スラッシュを創設した起業家たち(現在はアドバイザー)は、サポートはしてくれましたが、究極のところ、私たちを信用してくれたんです。

あと、「できる」というポジティブな態度。小さな失敗は気にせず、障害を乗り越えて、早く前に進む。すべてに前向きなマインドセットを生み出すことができました。

それらのことがすべてつながって、うまく作用したのだと思います。

――なぜ起業家たちは学生を信用するようになったのでしょうか?

最初から信頼されたわけではなく、やりながら徐々に信用を勝ち取っていった感じです。おそらく(学生運動から生み出される)興奮やエネルギーを感じてもらえたのだと思います。実際、スラッシュに来ると、「変化」のフィーリングやムーブメントが感じられて、ほかのイベントとはぜんぜん違うことがわかります。

――具体的にどういった点が、ほかのイベントと違うのでしょうか?

やはりコミュニティの力が大きいです。スラッシュは学生たちによるNPOであり、非営利のメンタリティーがあります。

また私たちは、イベントの「経験」そのものに時間やリソースの多くを投資しています。2日間のイベントをたっぷり楽しめて、終わった後にも振り返りたくなるようなイベントにしたいと思っています。照明や製作など技術面だけでなく、エネルギーやフィーリング、興奮、顧客体験を重視しています。

――イベントが大きくなる過程で、さまざまな困難があったと想像します。どんなチャレンジがあったか、教えてください。

外から見たら毎年、順調に参加者が増えていったように見えるかもしれませんが、内部では本当にいろんなことがありました。たくさん失敗しましたし、あきらめかけたことも一度や二度ではありません。

たとえば14年、イベント開催の1カ月くらい前になっても、チケットの販売数が予測にまったく届いていませんでした。黒字化するためには、それまでの数カ月で売ったチケットの枚数と、前年のイベントで売ったチケットの枚数を足した数よりも多く売らないといけなかった。みんな殺気立ってましたね(笑)。

――イベントで利益は出ているのですか?

年によります。15年は初めてわずかに黒字になりましたが、いつも厳しいです。チケットの25%程度はイベントが始まる1週間前になって売れます。でも私たちはもうイベントの諸費用を先払いしているので、なんとか回収しないといけない。収益の予想を立てるのはとても難しいですね。

――政府からの援助はあるのでしょうか?

以前、政府による3年間の支援プログラムがありました。イベントの費用ではなく、運営組織のキャッシュバランスに充てる資金を負担してもらいました。

スラッシュのイベント予算はすでに1,000万ユーロ(約12億円)規模に達しています。資金がゼロなのに1,000万ユーロのイベントを開くなんてクレイジーですよね。だから政府のプログラムで銀行のキャッシュバランスを増やしたんです。何かあったとき、破綻しないように。

――なぜ毎年、こんなに寒い冬の時期にイベントを開催するのでしょうか?

私たちはスラッシュだから――、ほかとは「違う」からです。雪が降っていて、寒くて、暗くて、地面にはSlush(じゅくじゅくの雪)がある。そういう経験が、ほかのあらゆるスタートアップのイベントとは違う。1年で最悪の時期にイベントを開催するなんて、誰もメリットのあることだとは思いません。でも創設者たちがこのイベントを始めたとき、ほかの人たちとは違うことをやろうと思ったんです。

――真冬に開催されることに対して、参加者たちからの不満はないのですか?

もちろん、夏なら夏でみんな楽しんでくれていると思います。でも夏に開催していたら、スラッシュのクレイジーな経験の多くは失われてしまう。このタイミングは好きですし、ほかの時期に移動するメリットは何も感じません。

――TwitterやFoursquareは「SXSW」(アメリカ南部のオースティンで毎年春に開かれるイベント)への参加がきっかけで一躍有名になったとされています。スラッシュで飛躍のきっかけをつかんだスタートアップがあれば教えてください。

はい、毎回多くのスタートアップが投資家から出資を得たり、メディアに取り上げられたり、いろんなチャンスを手にしています。

たとえば11年のスラッシュのピッチングコンテストで優勝した「Yousician」(楽器練習アプリ)や、スラッシュの元CEO、ミキ・クースィが創業した「Wolt」(フードデリバリー)、アアルトESの元代表クリスト・オバスカが創業した「Smartly」(フェイスブック広告の最適化サービス)などがあります。「M-Files」(企業内文書管理)は、15年のスラッシュで出会った投資家たちから3,300万ユーロ(約40億円)の出資を得て話題になりました。

でも私たちにとっての「成功」は、出資額の大きさではありません。次につながる出会いやチャンスの方を重視しています。スラッシュのイベントで偶然知り合った人と意気投合して会社を作って、今年参加してくるというスタートアップもいます。そういうストーリーが私たちをインスパイアしてくれるんです。



Slush/スラッシュ
毎年初冬にフィンランドのヘルシンキで開催される北欧最大のテクノロジーカンファレンス。2016年は120ヵ国以上から約1万7,000人以上の起業家、投資家、報道関係者らが参加。今年3月29〜30日に東京ビッグサイトで第3回「Slush Tokyo」も開催予定。