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我々は偉大なるスタンダード・バイクを失うことになるのかもしれない……。

カワサキ『W800 Final Edition』に試乗しながら考えたのはそんなことでした。

「W」シリーズと言えば、古くからのファンも知っているカワサキのスタンダードモデルですが、残念ながらその生産は2016年を持って終了となりました。そんなシリーズの有終の美を飾るように発売されたのがこのバイク、『W800 Final Edition』です。



カワサキ

W800 Final Edition

価格:92万5560円

カワサキ「W」シリーズの歴史を振り返る



『W800 Final Edition』の試乗レポートをお届けする前に、カワサキ「W」シリーズの系譜を振り返っておきましょう。

「W」シリーズの初期モデル、『650-W1』が発売されたのは1966年のこと。当時としては最大排気量のバイクであり、シリンダーの直立した2気筒(バーチカルツイン)エンジンを搭載し、北米向けの輸出モデルとして登場した。その後、国内でも販売が開始され、ツインキャブ仕様の輸出モデル『W2SS』をベースとした『W1S』も1968年に追加。国内外で多くのファンを獲得していました。



▲キャブを1気筒に1つづつ搭載した北米向け輸出モデル『W2SS』(1968年型)。



▲『W2SS』ベースの国内向けモデル『W1S(スペシャル)』。Wシリーズのルーツとなった英国車にならい、このモデルまでは右足シフト、左足ブレーキ仕様となっています。

その後、フロントブレーキをダブルディスク化した『650RS-W3』が1973年に登場。ちなみに「RS」の名を与えられたモデルは他にも『400RS』と『750RS』が用意され、『750RS』はいわゆる『Z2』と呼ばれたモデルです。1974年には『W3A』へと進化しますが、当時の4気筒モデルの人気の高まりもあって、初期の「W」シリーズはこれで一旦の生産終了となってしまいます。

ふたたび「W」の名を冠したマシンがカワサキのラインナップに顔を出すのは、1998年のこと。このとき『W650』の名で発表されたモデルは、空冷のバーチカルツインエンジンを搭載し、クラシカルなデザインに仕上げられていたものの、その中身は完全新規で生み出された現代的なマシンで、現在にもつながる“ネオレトロ”あるいは“ネオ・クラシック”なんて呼ばれる潮流を先取りしたものでした。この『W650』が人気を博したことで、普通自動2輪免許(いわゆる中免)でも乗れる『W400』というモデルも追加されました。しかしながら、そんな『W650』も排出ガス規制の強化によって2008年に生産が終了してしまいます。

ですが、「W」シリーズの歴史はそこでは終わりませんでした。『W650』生産終了から2年後の2010年には、ヨーロッパで『W800』が発表され、翌年には国内販売が開始されます。このモデルでは、排出ガス規制への対応策としてインジェクション(電子制御による燃料供給方式)化が施され、それによって落ちたエンジンパワーを補うために、排気量が拡大されることになりました。



▲『W800』の標準モデル(価格:87万4800円)。基本設計は前モデルの『W650』を踏襲しながら、乗りやすさなどをさらに向上させた。

このように一度は排ガス規制に対応してよみがえった『W800』でしたが、空冷エンジンのままでは2017年からさらに厳しくなる規制への対応が難しいことから、惜しまれつつも50年の長い歴史に終止符を打つことになったのです。

『W3』の意匠を採り入れたFinal Edition



では、『W800 Final Edition』の細部を見ていきましょう。エンジンや操作系などは、これまでの『W800』を踏襲していますが、一番の特徴はガソリンタンクです。初期モデルの雰囲気を現代に蘇らせるため、『W3』と同じ塗装と焼付を4回ずつ繰り返すという手間のかかる手法で仕上げられた逸品。カラーも『Final Edition』専用で、こちらも『W3』のイメージを継承したものです。



▲ツートンカラーに塗り分けられながら、色の間の段差が全くない仕上がりも手間がかかっていることを感じさせます。



▲深みのある発色は光の当たり方で表情を変えます。サイドにはニーグリップ用のパッドを装備。エンブレムの輝きも眩しい!

エンジンはオーソドックスな空冷2気筒で48PS/6500rpmの最高出力と、62Nm/2500rpmの最大トルクを発揮。ベベルギアでカムを駆動させる方式で、細かく刻まれた空冷フィンの造形が美しいです。



▲シリンダー右側のベベルギアが収まっている部分と、細かく刻まれた空冷フィンが『W800』のアイデンティティ。



▲マフラーは「キャブトン」タイプと呼ばれる一度太くなった後に出口で再び絞られる形状。初期の「W」シリーズからイメージを継承していますが、排気音は非常に静かです。



▲燃料供給はキャブレターではなくインジェクション。排出ガス規制対応のポイントとなった部分。



▲メーターはアナログのスピードメーターとタコメーターが並ぶオーソドックスなレイアウト。

乗って感じた懐の深さに感動



またがってみると、座って真っ直ぐ足を降ろしたところにステップがあり、手を伸ばしたところにハンドルがあるというどこにも無理のかからないライディングポジション。気負うことなく走り出せて、長距離を走っても疲れない絶妙な設計です。

「W」シリーズの象徴的なアイコンといえば、大排気量の2気筒エンジン。そのイメージからドコドコという鼓動感を期待してしまいますが、エンジンをかけて走り出すと意外なほど振動が少なくスムーズな乗り味です。これは現代のエンジンらしくバランサーが振動を打ち消してくれているおかげですが、あまりのスムーズさにちょっと拍子抜けしてしまうほど。

ハンドリングにも全くクセがなく、ゆっくりしたスピードでも軽くハンドルが切れるので、街中を走っていても楽しいです。あまりにも素直なエンジンとハンドリングに、走り出したばかりの頃は「なんか特徴のないバイクだな」と思ってしまいましたが、長時間乗っていると、このクセのない素直さがとても楽しくなります。スムーズなエンジンも、高回転まで回すと2気筒らしい鼓動が伝わってきますし、なにしろ意外なほど速い!

軽快なハンドリングのおかげで、街中だけでなく峠道なんかを流していても“自分の手で操っている”感が非常に気持ちいいのです。速く走っているかどうかより、このバイクと一緒に走っているのが楽しいと思える。そんな奥深い魅力が感じられるバイクでした。



▲グリップやマスターシリンダーまでクラシカルな造形になっているのがニクい!



▲メッキのフェンダーとマフラーが目に付くこのアングルからの見た目も好きです。

どこにもクセがなく、初心者からベテランまで楽しめるスタンダードなバイク。それが『W800』に乗ってみての印象です。実はここまでスタンダードなバイクって、他にあまりないんですよね。そうした観点で考えると、このモデルがなくなってしまうのは、つくづく惜しいと思います。

これを読んで気になった人は、ぜひ一度どこかで乗ってみてください。「日本のバイクのスタンダードはこういうものだったんだ」って感じられると思います。

文・写真/増谷茂樹