「Thinkstock」より

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●なぜ、監視が必要か

 高病原性鳥インフルエンザが流行している。新潟県、青森県、北海道の農場のほか、秋田県の動物園、日本各地の野鳥や鹿児島県出水市の渡り鳥の飛来地などで発生が確認された。韓国でも日本より少し前に流行が始まった。

 鳥インフルエンザが発生した場合、農場では家畜伝染病予防法にもとづき、殺処分、焼却・埋却、消毒、移動制限などの蔓延防止策がとられる。殺処分に対する全額補償はあるものの、養鶏家や関係者、地方自治体には大きな負担を強いることになる。にもかかわらずここまでの対策がとられるのは、安全な畜産物の安定供給のためである。

 鳥インフルエンザは渡り鳥によってもたらされ、ウイルスに感染した野鳥によって広まるため、いつ、どこで発生するか予測が難しい。常に監視を行い、発生すれば迅速に対応する必要がある。鳥インフルエンザの監視は、人間の世界に出現する新型インフルエンザに対する警戒という点でも重要である。

●ウイルスは渡り鳥によって日本にもたらされた

 インフルエンザ・ウイルスは球形をしており、その表面には2種類の突起がある。ウイルスが細胞に結合するために必要なヘマグルチニン(H)と、細胞内で増殖したウイルスが細胞外に出ていくために必要なノイラミニダーゼ(N)である。Hは18種類、Nは11種類ある。

 インフルエンザ・ウイルスにはさまざまなタイプがあり、これを亜型という。インフルエンザ・ウイルスの亜型はHとNの組み合わせによって分類される。今回流行している鳥インフルエンザ・ウイルスはH5N6型である。日本では2014年と15年にも鳥インフルエンザが流行した。このときのウイルスはH5N8型であった。

 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)は今回のウイルスのゲノム解析結果を発表している。16年11月に青森県と新潟県で発生した高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスの全ゲノム配列を解析したところ、両者はほとんど同じであった。また、これらのウイルスは、鹿児島県出水市のナベヅルのねぐらの水から採取したウイルスともほとんど同じであり、韓国で流行しているウイルスと共通の祖先をもつことが明らかになった。

 インフルエンザ・ウイルスのゲノムは、8本の断片に分かれている。日本および韓国で今年流行しているウイルスの8本の断片のうち7本は、15年に中国広東省で流行していた高病原性のH5N6型ウイルスと同じで、もう1本はやはり広東省で流行していた別のタイプの鳥インフルエンザ・ウイルスと同じであった。

 農研機構の報告に添えられている系統樹を参考に考えると、今回のウイルスがどのようにして日本にやってきたかを推測することができる。15年に中国広東省に存在していた高病原性をもつH5N6型ウイルスが、別のタイプの鳥インフルエンザ・ウイルスとゲノム断片の1本を交換して新しい高病原性H5N6型ウイルスに変異した。このウイルスに感染した渡り鳥が夏の期間、シベリア方面に移動。冬の到来とともに南下し、韓国と日本に飛来して、野鳥にウイルスを感染させたと考えられる。

 日本に飛来した渡り鳥の1つのグループは新潟県の野鳥にウイルスを感染させた。別のグループは出水市に飛来。また、青森県に飛来したグループも野鳥にウイルスを感染させたのであろう。日本各地の野鳥に広まっている他のウイルスも、同じようにして日本にもたらされたと考えられる。

●人間に感染する高病原性ウイルスに変身する可能性も

 インフルエンザ・ウイルスは変異がはげしく、ゲノム断片の交換やゲノム配列の突然変異によって、次々と新しいウイルスが登場する。その中から高病原性のウイルスも誕生する。H5N6型の鳥インフルエンザ・ウイルスはすでに1975年に知られていたが、高病原性をもつH5N6型が初めて報告されたのは14年3月、ラオスでのことであった。その後、このウイルスは東アジアおよび東南アジアに広まっている。

 高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスの最初の報告例は、1996年のことであった。H5N1型で、その後、大流行した。興味深いことに、2013年以降、新しい高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスが次々と出現している。13年3月にH7N9型が出現。同年12月にH10N8型が出現。14年3月にはH5N6型、10月にはH5N3型が報告されている。

 このような高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスは鳥の間で広まるウイルスである。人間との間には「種の壁」があるので、一度に大量のウイルスにさらされない限り、人間が感染することはない。また、人間と人間の間で感染をくり返すこともない。しかしながら、こうしたウイルスは人間のインフルエンザ・ウイルスに変異する可能性がある。

 インフルエンザ・ウイルスはもともとカモなどの水鳥がもっているウイルスである。カモなどに対しては病原性を発揮しないが、その他の野鳥や、ニワトリやアヒルなどの家禽に感染すると病原性を発揮する。カモなどが生息している同じ場所にブタが飼育されていると、ブタの体内で、鳥のウイルスと豚のウイルス、さらに人間のウイルスが混じり合い、人間に感染するウイルスが出現することがある。ブタは鳥と人間のインフルエンザ・ウイルスにも感染するからである。

 普通、そのような新しいウイルスは鳥を介して人間の世界にもたらされるが、09年に出現し、WHO(世界保健機関)がパンデミック(大流行)を宣言した新型インフルエンザ・ウイルス(H1N1型)は、ブタから直接、人間の世界にもたらされたものであった。

 現在、関係者が最も警戒しているのはH5N1型で、これまでも感染してしまった人間に重篤な症状をもたらし、死亡した例も多い。このウイルスが人間の世界で広まるウイルスに変異したとすると、社会に甚大な影響を与える可能性がある。

 そのようなわけで、鳥の世界のウイルスであるにもかかわらず、高病原性鳥インフルエンザ・ウイルスの動向には目が離せないのである。
(文=寺門和夫/科学ジャーナリスト、日本宇宙フォーラム主任研究員)