茶道、華道ならぬ「湯道」が日本の銭湯を救う?[小山薫堂の妄想浪費 vol.18]

写真拡大

放送作家・脚本家の小山薫堂が「有意義なお金の使い方」を妄想する連載第18回

筆者発案の「湯道」は、作法、湯室、湯道具の要素で構成される「道」へと完成。今後は、全国の銭湯の廃業を止めるきっかけにもなるかも……!

今回は連載第4回で書いた「湯道(ゆどう)」のその後について。「湯道」とは、「お茶やお花が長い年月を経て『茶道』『華道』になったのなら、お湯もいまから道をつくれば400年後に立派な文化になるのではないか」とふと思い立ち、2015年7月に風呂好きの僕が立ち上げた企画である。

湯道は現在、作法、湯室、湯道具と、3つの切り口で進んでいる。作法は、(1)合掌(2)潤し水 (3)衣隠し(4)湯合わせ(5)湯三昧(6)垢離(こり)(7)近慮(きんりょ)(8) 風酔い(9)合掌の順となる。具体的な内容についてはここでは省くけれど、実際にこのとおりに入浴すると、汗もしっかり出るし、交感神経と副交感神経も刺激されてリフレッシュできるうえ、一切衆生に感謝の気持ちが湧いてくるので、ご興味ある方はぜひトライしてみてください!

次に湯室だが、今年3月、宮崎県のフェニックス・シーガイア・リゾートの温泉施設「松泉宮」内に、湯道を体現した初のお湯室「おゆのみや」がオープンした。濡れると独特の光を放つ石「黒霞」を使用した湯槽は左官職人・挾土(はさど)秀平、天井画は宮崎在住の画家・立山周平の手によるもので、現在は宿泊者限定で利用することができる。

最後の湯道具は、薄くて絞りやすく、かつ薬用・防虫などの作用のある藍で染めた手ぬぐい、日南市の名産品飫肥(おび)杉でつくった最高級の桶、「現代の名工」を受賞している工房による籠など、伝統に裏付けされた確かな品質と機能美を兼ね備えたものをいくつか制作していただいた。こだわっているのは「Made in 宮崎」、つまり「Made in 現地」。湯道をきっかけに日本の伝統工芸の職人さんたちの活躍の場を広げるきっかけになればいいなと考えている。

湯道に加えたいもうひとつの価値

何をもって「道」なのかはさておいて(笑)、手探りながら「道」をつくっていくと、何が起きるか。いろんな人が「参加したい!」と集まってきてくれるのである。

たとえばいま、熱海の高級リゾート内にお湯室をつくる計画があるし、先日は別府市長がわざわざ東京までいらして「湯道で別府温泉を盛り上げたい」といってくださった。湯道具コレクションも、今後全国の素晴らしい職人さんや工房などと組んで増やしていく予定だが、「ある程度の数がそろったら企画販売しませんか?」という話も、とある百貨店から申し込まれている。この分だと400年後には本当に立派な文化になるんじゃないか、と僕自身もワクワクしている。

具体的に進めているのが、京都に新しくつくるお湯室。そこには高野川を源流に、家屋へと一筋の川を引きたい。主人はこの川の水を汲み、薪で湯を沸かすのだ。現代のお風呂は、蛇口をひねるだけ、あるいはボタンを押すだけで、沸いた湯があふれんばかりに浴槽を満たす。そうではなく、究極の湯道では、沸かすまでの時間や入っていただく方への想いも湯に込めたい。誰かに入れてもらったお風呂に入るのは、自分で沸かしたそれよりずっと嬉しい。でもさらに、水を汲み、薪で沸かしたお風呂に「どうぞ」といわれたら、得も知れぬ幸福を味わえるのではないかと思う。

鷲田清一(きよかず)さんの書かれた『「待つ」ということ』という本がある。「待つ」という行為や感覚からの認識を臨床哲学の視点から考察した名著だ。現代は待たなくてよい社会、待つことをどちらかというと厭う社会になった。なぜなら、文明の進化は人を待たせないためにあるから。携帯電話がないころは、待ち合わせの時間や場所をきちんと決めて、遅れる場合は駅で放送をかけてもらったり、喫茶店に電話して本人を呼び出したりしていた。いまは遅れるときはメールか電話1本で解決できる。でも、ちょっと味気ないですよね?

こういう時代だからこそ、「待つ」というのはすごく大切で、価値あることだと僕は思う。熟成するからこそ芳醇な香りがあり、待ち遠しいからこそ恋心が募り、厳しい寒さを乗り越えるからこそ春の桜は美しい。実際、ほんの少し前までは、鷲田さんの言葉を借りれば、「待ち焦がれつつ時間潰しをすること、期待しながら不安を抱くこと、そんな背反する想いが『文化』というかたちへ醸成された」のである。

「湯が沸くまでの時間を待つ」ことで、僕たちはあらためて、「飲める水を沸かしてそこに入る」という日本の風呂文化の、贅沢さ、貴重さを実感できるのではないだろうか。

銭湯が訪日観光客の新名所に!?

さて、湯道はお湯室だけが学びの場ではない。自宅のお風呂でもいいし、温泉や街の銭湯でだって学ぶことができる。

銭湯は年に50軒のペースで廃業に追いやられているというが、昨今では銭湯経営者の世代が変わり始め、孫世代が継いで廃業を免れるケースも多くなっているらしい。墨田区錦糸町にある御谷(みこく)湯という銭湯は、婿に来た青年がバンドのボーカルをやりながら、銭湯を経営している。ここは単に古くなった設備をリニューアルしただけでなく、オープニングの日にはペンキ絵ライブペインティング+音楽ライブイベントを開催。また、福祉型介護風呂を併設し、要支援者や障がい者手帳をお持ちの方に家族と貸し切り入浴を楽しんでもらっているそうだ。弊社の女性社員が入浴しに行ったら、湯船で外国人女性と地元のおばあちゃんがコミュニケーションしていたという。当然、おばあちゃんは日本語しか話せず、外国人女性は日本語がわからないのだけど、身振り手振りで見事に通じ合っていたらしい。銭湯の良さは、裸同士、つまりその人のバックボーンがわからないまま、仲良くなれること。特に地元の人にとっては旅人とつながるきっかけにもなるし、何より外からの視点が入ってくることによって日常が新鮮に思えたりする。

そこでいま、全国の潰れてしまった銭湯をリノベーションして甦らせるという企画を考えている。銭湯は普通に営業するとなかなか儲からないので、Airbnbのフロントとして機能させるのだ。そこで旅人に宿泊施設の鍵を渡し、銭湯は大浴場的に使ってもらう。そうすれば、現在のAirbnbのように個人が個人に部屋を貸し出すだけでは生まれない、サロン機能が生まれるに違いない。地域にひとつ、そのような場所があったら活性化して、町おこしにもなると思う。

あとは、国立美術館があるなら、国立銭湯を建てるというのはどうだろう。東京の一等地でも羽田空港でも構わないが、都道府県それぞれの湯船を47つくり、飲食もできるようにし、地方創生と湯道を合体させるのだ。費用は国立新美術館の総工費が350億円というから、200億円くらいだろうか。国内外に新たな日本文化を発信できる名所のひとつになると思いますが、いかがでしょうか。