中国メディア・今日頭条は20日、中国と日本の職人の間に存在する差について論じる記事を掲載した。記事が言う「差」とは、両国の職人が持っている技術の差ではないという。では一体、どこに差があるのだろうか。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国メディア・今日頭条は20日、中国と日本の職人の間に存在する差について論じる記事を掲載した。記事が言う「差」とは、両国の職人が持っている技術の差ではないという。では一体、どこに差があるのだろうか。

 記事は、日本にいる職人は「自分の仕事に専念し、一生涯で1つのことだけしかやらないことさえある」と説明。それは言い換えれば「精」の中に「精」を求める、極めて真剣な仕事への意識であり、それにより職人たちは日本において喜ばれ崇拝されているのであると説明した。

 その一方で「理解できない、そして気分が悪いとさえ思うのは、多くの人が日本の匠の精神を崇拝すると同時に『中国にはない』と言うことだ」と指摘。「本当に中国にいないのか。もちろん違う。彼らは(注目されることもなく)黙々と自分の仕事をしているだけなのだ」とした。さらに「悲しい事実」として、中国において報じられるのは「外国人が発見した、あるいは外国に招へいされた中国のベテラン職人」なのであると説明。「どうして中国人は自分たちの職人を好きにならないのか」と問いかけた。

 記事は「中国にだって匠の精神を持った人は多くいる。どうか『中国にはそういう人はいない』といった類の話をするのはやめて欲しい。彼らは他人の評価を気にすることなく、黙々と手元にある仕事をこなしているだけなのだ」と訴えた。同時に「彼らの存在を否定して、本当に匠の心を持った中国の人たちを傷つけないでほしい。彼らは他人の話を気にはしないが、彼らの手にある物が評価されることを渇望しているのだ」としている。

 豊かになることを第1の目標として邁進し、「低価格のものを大量に生産」することで成長を遂げてきたこれまでの中国において、少数生産で付加価値が高い職人の技術を大切にし、リスペクトせよという流れが起きなかったことは全く理解できないことではない。今、その邁進が一段落し、量より質や精度が求められるようになりつつある中で、これまで社会に埋もれたまま黙々とわが道を進んできた中国の職人たちにスポットライトが当たり、リスペクトされるようになるかどうかに注目したい。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)