イングランド遠征でインタビューに答えてくれた住永。独自のリーダー論を語り尽した。写真:ナイキ

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 1月16日から21日にかけて、JFAとナイキの全面協力を受けて青森山田高校がイングランド遠征を行なった。
 
 高円宮杯U-18プレミアリーグと全国高校選手権の二冠を達成した日本ユース最強軍団は、幾多のプロフットボーラーを輩出しているプロ養成機関『ナイキアカデミー』と0-0で引き分けると、中村俊輔のセルティック時代の恩師ゴードン・ストラカン(現スコットランド代表監督)が運営する『ストラカン・フットボール・ファンデーション』を4-0で一蹴。1勝1分けで帰国の途に就いた。
 
 密着取材をする中で感じたのが、彼らのオンとオフの切り替え。ピッチ内では試合中に「痛くねえだろ! 早く立て!」、「ここに出せ!」、「そんなパスが通るか!」、「まだ走れるだろ!」、「それを決めないでなにがフォワードだ!」とお互いに強い口調で要求し合う。
                       
 しかし、一旦ピッチを離れれば一転して和気あいあい。冗談を飛ばし合って笑いが起こる普通の高校生に戻る。しかも、試合中に激しく言い争った後でも、それをまったく引きずる素振りすらない。
 
 まさに絵に描いたような理想的な集団だが、簡単に生まれるようなこんな雰囲気が形成されるとは思えない。実際、アンカーとして攻守の要に君臨する一方、キャプテンとしてチームをまとめてきた住永翔はこう振り返ってくれた。
 
「1年の時から“やらかし”が多い世代というか、まとまれば強いけど、個性が強すぎてそれぞれでやりすぎる面が強かったんです。人の話を聞かなかったり、相手の気持ちを考えずに強く言い過ぎてしまったり、ふざけすぎてしまったりしていました」
 
 GKの廣末陸、DFの三国スティビアエブスや橋本恭輔、MFの高橋壱晟と嵯峨理久、FW鳴海彰人(廣末はFC東京、高橋はジェフ千葉と契約を結ぶJクラブに合流したため今遠征は不参加)とタレントが揃う一方、個性派ゆえ組織力に難を抱えていた。新チームが発足した当初には、コーチ陣から「この代は歴代最弱じゃなくて、歴代最低だ」とまで言われる始末だったという。キャプテンとして責任を感じた住永は思い悩んだ。
 しかし、ミーティングを繰り返してもチームはいまひとつまとまり切らず、そのままの状態で夏のインターハイを迎える。青森山田はタレント力の高さから優勝候補にも挙がっていたが、準決勝で流通経済大柏高校に敗れてベスト4止まり。これが大きな転機となった。
 
「インターハイで負けて、自分たちの負けず嫌いな部分に火が付いた。もっとできるはず、勝つために必要なことを考えようという雰囲気ができたんです。ミーティングでも建設的で前向きな意見が出るようになりましたし、みんな人の話にも耳を傾けるようになっていきました。僕からは『ピッチでは怒鳴り合ってもいい。でも、仲間だってことを忘れんな』と言いました。誰かに意見を言うってことは、その分だけ自分にもしっかりやらなければいけないし、良い相乗効果ができました」
 
 インターハイでの敗戦が負けん気を触発してチームにまとまりをもたらし、それがその後のプレミアリーグと選手権の二冠に繋がったと振り返る住永。しかし、三国が「翔には感謝しかないですね」と語った通り、そのキャプテンシーもやはり見逃せない。
 
 集団の長はいつの時代もどんな組織でも気苦労が絶えないものだが、思春期で感情の起伏が激しい中高生部活のリーダーはとりわけ簡単ではない。青森山田のように全国から個性の強い実力者が集まるチームは尚更だ。嫌われるのを承知で同学年の仲間を叱咤しなければいけない場面もあり、住永も「キャプテンだからって偉いのかよって目で見られているじゃないかと思う時期もありましたね」と回顧する。