1月20日、米国の大統領が交代した。ドナルド・トランプ氏が第45代の大統領に就任し、前任の第44代大統領のバラク・オバマ氏がホワイトハウスを去った。

 歴代大統領はみな退任すると首都ワシントンに別れを告げ、それぞれの出身地やゆかりの地へと帰っていく。この100年ほどはそれが慣例となっている。だが、オバマ氏はその慣例に従わない。退任後もワシントンに住むというのだ。異例の動きの背後には、今後の政治的活動への野望もちらつくようである。

支持者から「あと4年!」の声

 オバマ大統領は退任を10日後に控えた1月10日、イリノイ州シカゴで8年の任期を総括する演説を行った。オバマ氏にとってシカゴは「地元」と言ってよい。同氏が政治活動を始めて、連邦議会に打って出た際の選挙基盤がシカゴだった。

 米国の大統領は退任時に首都ワシントンで別れの演説をするのが通例となっている。だが、オバマ氏はこの通例を破った。

 演説でオバマ氏は、自らの実績として雇用の増大やキューバとの国交回復、イランの核開発防止、テロ指導者オサマ・ビンラーディンの殺害、オバマケア(医療保険制度改革)などを挙げた。

 巨大な会場の聴衆からは「あと4年!」「あと4年!」という歓声もあがった。大統領職をあと1期、4年間、続けてくれという支援者たちの叫びだった。もちろん、アメリカ大統領を2期(8年)以上務めることはできない。

 オバマ氏は「それはできない」と答えながら、トランプ次期政権への円滑な移行を強調した。同時に、「なお課題として残る民主主義への脅威」として「国民の間の経済不平等」や「人種問題」を挙げて、トランプ氏への遠回しの批判もにじませた。

今後も政治に「介入」

 オバマ政権の8年間を振り返ると、「成功よりも失敗が大きい」(政治学者のライアン・ストリーター・テキサス大学教授)という分析が多い。だからこそオバマ政権の主要政策を全否定したトランプ氏が大統領に当選したのであり、連邦議会から各州の議会、知事まで反オバマの共和党側が歴史上最多の議席を得た事実も、その証左だという。

 実際にオバマ大統領の輝かしい遺産はきわめて少ない。オバマ大統領が最大の精力を投入したオバマケアも、TPP(環太平洋パートナーシップ)も、トランプ氏によって全面的に反対され、新政権では即座に撤廃に向けた措置が取られることになりそうだ。

 しかしオバマ氏は、大統領退任後もこれらの「遺産」を確保しようという姿勢をみせている。シカゴの演説では「今後、民主主義の基本的な課題に関わる事態が起きれば、介入しないわけではない」と述べた。この言葉の意味は大きい。ホワイトハウスを去っても米国の政治からは引退せず、大きな出来事があれば介入するというのだ。

民主党の指導者として活動?

 オバマ氏はホワイトハウスを出た後、そこからわずか3キロほどのワシントン市内の広大な邸宅に移り住む。

 次女のサーシャさん(15)が地元の名門私立ハイスクール「シドウェルフレンズ・スクール」を卒業するのにあと2年半かかることが、その理由だという。シドウェルフレンズ・スクールは全米でも著名なエリート校で、名門大学への進学者が多い。ビル・クリントン氏の娘チェルシーさんら、多くの歴代大統領の子供たちもここに通った。

 しかし、理由がなんであるにせよ、前大統領がワシントンにそのまま残ることはこの100年の間一度もなかった。例を挙げてみよう。

 オバマ氏の前任、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、故郷のテキサス州へすぐに戻った。

 ビル・クリントン大統領は、妻のヒラリーさんの選挙区であるニューヨーク州に住居を移し、故郷のアーカンソー州と行き来した。

 ジョージ・H・W・ブッシュ第41代大統領は、退任後、テキサス州に戻り、別荘のあるメイン州で暮らすことが多くなった。

 ロナルド・レーガン大統領は長年住んでいたカリフォルニア州へ戻った。

 ジミー・カーター、ジェラルド・フォード、リチャード・ニクソン各大統領らも、例外なくワシントンをすぐに去って出身地に帰っていった──。

 この100年ほどを振り返ると、大統領退任後も首都に残ったのは1913年から1921年までホワイトハウスに在職したウッドロウ・ウィルソン大統領だけである。ただし、ウィルソン氏は退職後は病気がちで、政治に関する活動はまったくしなかったという。

 ところがオバマ氏は健康なうえ、現職のトランプ氏よりも15歳も若い。だから、米国のメディアの間では、ワシントンに残る本当の理由は「民主党の指導者として反トランプ政権の政治活動を続けるのだろう」という観測がもっぱらである。

 ヒラリー・クリントン氏が敗北した後、現在の民主党には傑出したリーダーがいない点も、オバマ氏をワシントンに引き留める要因になっているようだ。

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筆者:古森 義久