「Thinkstock」より

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 今回は、昨今流行語と化した「人工知能(AI)」と「深層学習(Deep learning)」について考えてみたい。ともにICT(情報通信技術)の革新的進歩による雇用喪失の核心的要因であり、これらはよくワンセットで語られるが、それは正しいのだろうか。加えて、これに「ロボット」が加わると、話はいっそうややこしくなる。そこで、少々乱暴ではあるが、AIと深層学習とロボットという3つの概念を整理してみたい。

 昨春、大方の予想に反して、プロの囲碁棋士を破ったグーグル・ディープ・マインドのアルファ碁に象徴されるように、機械(による自己)学習アルゴリズムは急速に進歩を遂げている。現在その先端にあるのが、深層学習である。これは、ニューラルネットワーク(形式ニューロン)という、人間の脳にあるニューロンの構造に着想を得た考え方である。

 形式ニューロンを層化する手法自体の歴史は古く、二層のパーセプトロンの開発が行われたのは1950年代終わりである。その後しばらく停滞していたが、2000年代後半に、コンピュータ技術の急速な進歩もあり、形式ニューロンの多層化が可能となったことで、機械学習の成果も飛躍的に向上した。「層を深くする」という意味で深層学習と呼ばれている。

 人間の大脳では、ニューロンの層は10層を超えない(小脳は3層)のだが、深層学習では、形式ニューロンの多層化とニューロン数の増加により、人間の脳をはるかに上回る効果的・効率的な機械学習アルゴリズムの開発を目指している。

 重要なことは、形式ニューロンという脳のアナロジーに引きずられて人間の脳の再現というイメージを持ちがちだが、深層学習の目的は、あくまでより良い機械学習アルゴリズム、つまり特定のミッションにおいて明示的なプログラミングをしなくても学習するアルゴリズムの追究であり、人間の脳をアルゴリズムで再現しようとしているわけではないという点である。この意味で、ニューラルネットワークよりも良い手法が開発されれば、現在の深層学習は別の機械学習の手法に代替されるはずである。開発手法の制約を受けずに機械学習アルゴリズムは進歩を続けるので、学習においては人間をはるかにしのぎ、知能の点では人間の理解を超えることになるであろうから、人間にとっては大きな脅威となる一面は否定できない。すでに、車の自動運転や碁や将棋など限定的な領域においては、人間並みかそれを上回るタスク処理が急速に可能になりつつあり、その領域も拡張されている。

●「弱いAI」と「強いAI」

 現在、深層学習がAIとワンセットで理解されがちなのは、「弱いAI」といわれる概念に起因している。これは、領域の拡張性において人間ほど万能ではなく、限定的な領域での推論や問題解決を行うアルゴリズムの研究や実装のことを指す。これが、イメージとして深層学習とAIをダブらせているといえる。

 しかし、本来のAIとは、「人工」の「知能」であるから、人間の脳をアルゴリズムで再現しようというものであり、「弱いAI」に対して「強いAI」と呼ばれるものである。この呼び方は、哲学者であるジョン・サールによるもので、彼は「強いAI」になれば、「コンピュータは単なる道具ではなく、正しくプログラムされたコンピュータには精神が宿る」と述べている。精神が宿るというのは、別の言い方をすれば意識や心を有するということである。

 このように本来のAIとは、いかに人間の脳をアルゴリズムで再現するかが課題であり、人間をモデルとしたものである。会話の相手が人間か機械かの区別がつくかつかないかを判定するチューリングテストが、その良い例であろう。モデルとなる人間とは、単一のシステムで多様なことを記憶・思考・推論・処理する存在である。

 これは、深層学習の方向性とは異なる。また、意識や心を念頭に置いているという意味で、「強いAI」は現在の「弱いAI」の延長線上にあるものではない。2045年にシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えるという米実業家でAIの世界的権威、カーツワイルの主張は、この「強いAI」を意味しており、人間の脳を再現したアルゴリズムの出現によって、結果的に人間を超越することになるという主張である。

 アルゴリズムが人間のように意識を持てるか持てないかは、神学論争に近い面もあるが、極論すれば、それを最終的に追究しているのが「強いAI」の研究であろう。筆者としては、人間の人間たるところは不完全なところにあるのであり、完全でなければならないアルゴリズムで不完全を目指すというのは、語義矛盾であると感じている。いずれにしても雇用の喪失という観点からは、「強いAI」ではなく、単一システムとしてある程度は領域が限定されているとはいえ、その学習スピードと領域の拡張性の点で「弱いAI」のインパクトのほうが大きいといえる。つまり、その背後にある機械学習(現時点では深層学習)アルゴリズムの進歩の程度が大きな意味を持つということである。

●ロボット

 実は、今使われているロボットという表現の使われ方は、幅が広い。そもそもロボットは、チェコの作家であるチャペックが1920年に戯曲『R.U.R.』の中でつくり出した言葉である。その意味は、「人の代わりに作業をさせることを目的に」「人の姿を模して」「人のように自律的に行動をする」ようにつくられた機械装置である。現状では、この3つの要件のいずれかを含めばロボットと呼んでいるので、自動車工場の製造ラインにあるマシンも自律性はなく、人間の姿もしていないがロボットと呼ばれている。

 簡単にいえば、昨今のロボットは「弱いAI」を物理的に実装するための特定の身体機能を有した機械といえるであろう。ゆえにアイロボット製ルンバは「お掃除ロボット」と呼ばれている。進歩する「弱いAI」を実装することで賢くはなってきているが、ロボットの進歩を支えるのは、身体機能を支えるアームや歩行などの制御技術の急速な進歩である。

 人間の形態を模したヒューマノイドで考えると、人間の指のように、単一の形状でなんでもこなす柔軟かつ精緻な動きをするロボットを開発するのは難しいのが現状のようである。そうであれば、人間の細かい手作業は機械に代替される心配がないかといえば、そうともいえない。人間の形態にこだわることなく、個別化した身体的機能に分解して、その強化を行えば、人間の手仕事は代替されていく。加えて、今後は人間以上の身体能力をいっそう有していくであろう。

 この意味で、雇用喪失の観点から考えると、着目すべきは、人間に近づこうとする「強いAI」ではなく、急速に進歩する深層学習に代表される機械学習のアルゴリズムと制御技術の急速な進歩に支えられる「弱いAI」を実装したロボットの今後であろう。
(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)