こんなにかわいいマウスが豹変

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マット・デイモン主演の「ジェイソン・ボーン」シリーズや、アンヌ・パリロ主演の「ニキータ」など、映画の世界では、男女を問わず主人公が非情な暗殺者に変身させられる物語が人気だ。

現実の世界でも、脳には「殺しのスイッチ」があり、そこを刺激すると狂暴な「ハンター」になることが最新研究で明らかになった。あくまでマウスの実験だが、同じ「スイッチ」が人間の脳にも存在するという。

棒切れにまで襲いかかり、かみついた

この研究を発表したのは、米エール大学のイバン・デ・アラウジョ准教授らのチームだ。米医学誌「Cell」(電子版)の2017年1月12日号に論文を掲載した。AFP通信(1月13日付)や科学ニュースサイト「ScienceDaily」(1月12日付)など海外メディアが報じた。

それらによると、研究チームはマウスの捕食行動の本能を調べるために、脳の特定の神経回路に極小の機器を埋め込み、レーザー光線で刺激する方法を試みた。マウスは、ハツカネズミを実験動物化したもので、本来は雑食性だ。果物、穀物、野菜、肉、魚など何でも食べ、昆虫など自分より小さい動物を狩る本能を持っている。脳の感情とモチベーションの中心である扁桃(へんとう)体の中にある1組の対のニューロン(神経回路の1単位)に光刺激を与えた。

そして、レーザー光線をオンにすると、マウスは「捕食マシーン」に変身、食べ物を貪欲にむさぼるばかりか、エサの生きたコオロギを激しく追いかけ捕食した。ほかのマウスより活発にエサ探しに動き回り、瓶のふたや棒切れなど、目の前にある物すべてに飛びつき、足でつかみ、捕まえて殺すように何度も強くかみ続けた。

研究チームは、1組の対のニューロンに2種類の異なる回路があることを突きとめた。1つはレーザー光線をオンにすると、エサ(コオロギなど)を探し追跡する行動を誘発する回路、もう1つは、かみついて殺すという指令を出す回路だ。生きたコオロギではなく、プラスチック製の虫を動かす実験では、「殺す回路」を損傷し「追跡回路」だけをオンにすると、追いかけるだけでかみつく行動はしなかった。また、かむ力も50%に減少したという。

つまり、この1組のニューロンがセットになっており、両方にスイッチを入れると、おとなしいマウスが狂暴なハンターに変身するのだ。ただし、このニューロンにスイッチを入れても、同じケージ内のほかのマウスを攻撃することはなかったという。

それにしても、なぜこんな実験をしたのか。アラウジョ准教授は「ScienceDaily」の取材に対し、「実験動物のマウスは、人間がケージ内に投げ入れるペレットを食べる以外に何もすることがありません。それは自然な状態ではありません。彼らが自然の狩猟と捕食の本能を刺激された時にどんな行動をとるか調べたかった」と語っている。

アラウジョ准教授らが、光刺激を与えたマウスの扁桃体のニューロンと同じ部位が、人間にもあるという。もし、そこに同じような刺激を与えたら人間はどうなるのだろうか。人間味に目覚める前の「ジェイソン・ボーン」のように狂暴な殺戮(りく)マシーンになってしまうのだろうか。アラウジョ准教授は、AFPの取材に対し、こう答えている。

「人間の攻撃性は誘発しない」と研究者が言うが...

「この実験が、攻撃性を誘発するために使われる可能性があるとは考えないでください。実際、それは現実には起こりうることではないと思います。エサ探しに非常に特化した行動と考えられ、マウスは自分と同じくらいの大きさのものや、他のマウスを攻撃するそぶりさえ見せませんでした。今回の研究が、かむ力が衰えた嚥下(えんげ)障害の人など運動機能障害の治療に役立つことを期待します」

しかし、人間は脳内をレーザー光線で刺激しなくても戦争をする動物だ。この研究が別の目的で使われることがなければいいのだが......。