ツイッターでの不適切な情報発信

 ジョー・バイデン米国副大統領は、2016年11月8日の大統領選挙の勝利以降もツイッターを使い問題の多い情報発信を繰り返すドナルド・トランプ次期大統領に対して「ドナルド、大人になりなさい」と諌めた。世界中の多くの人たちも同じ思いであろう。

 トランプ氏が米国の内政問題に関して何をツイートしようと「お好きなように」であるが、日本企業のトヨタ自動車に対して「メキシコでの新工場建設は問題だ」と突然ツイートすることは異常である。

 1月20日の大統領就任式の直前になってもツイッターで不適切な情報発信をするトランプ氏は、世界における最大の不安定要因、最大のリスクになっている。

 「トランプ氏はツイッター依存症である」と指摘する人は多く、1月20日の大統領就任後、トランプ氏がツイッターを封印することを望む人は多い。

 トランプ氏が最大のリスクであるという評価は、イアン・ブレマー*1氏の評価でもある。彼が社長を務めるユーラシア・グループ(eurasia group)が、2017年の世界におけるトップリスク「TOP RISKS 2017」*2を1月3日に発表した。

 2017年における最大のリスクはトランプ次期大統領の米国であり、第2のリスクが中国であると喝破している。経済的にも軍事的にも世界第1位と第2位の国がリスクと予想される2017年は大変な年になりそうである。

パクスアメリカーナの終了

 パクスアメリカーナ(大国アメリカによる平和)について、多くの識者が第2次世界大戦直後から続いてきたパクスアメリカーナは終焉を迎えたと述べている。

 例えば、イアン・ブレマー氏は、自らのツイッターで「パクスアメリカーナは1945年から2016年11月8日(注:米国大統領選挙でトランプ氏が勝利した日)までの間で、11月9日以降はG-Zero(ジー・ゼロ)の世界となった」と書いている。

 G-Zeroの世界は、ブレマー氏のベストセラー本*3で紹介された語句で、「世界の諸問題を解決しようとする国も組織もない世界」を意味する。

 アメリカ・ファースト(America First)を主張し、「米国はもはや世界の警察官にはならない」「世界の諸問題には関与しない」という意思を明確にしたトランプ氏の大統領選挙の勝利により、明らかにG-Zeroの世界に入った、というのがブレマー氏の主張である。

 中西輝政氏は、その著書*4においてトランプ氏の米国を「普通の国」と呼び、米国は特別な国や例外的な国(American Exceptionalism)でなくなったと書いている。別な言い方をすれば、米国は大国であることの責任(ノブレス・オブリージュ)を放棄した国になったということであろう。

 G-Zeroの世界は特別な世界ではなく、国際政治で言うところの「アナーキーな世界」(主権国家の行動を制限したり、強制する世界政府がない世界)そのものである。

 アナーキーな世界における国家の最大の責務は生き残ること(サバイバル)だ。アメリカ・ファーストは、露骨な米国中心主義の表明であり、他国もまた「チャイナ・ファースト」や「ロシア・ファースト」と露骨な自己中心主義を主張するのであろう。

 2017年以降は、今まで以上に各国が生き残りをかけた自己中心の戦いの時代になったことを認識しなければいけない。

 アナーキーな世界において日本もまた生き残りを追求しなければいけない。その際に不安定なトランプ氏の言動は、日本にとってプラスの場合もあるし、マイナスの場合もある。トランプ氏に対しては日本の国益を中心として是々非々で対処すべきであろう。

ユーラシア・グループが予測する2017年10大リスク

●10大リスク

 ユーラシア・グループが予想する2017年の10大リスクは影響力の大きさの順番に次の通りである。

(1)独立した米国(Independent America)
(2)中国の過剰反応(China overreacts)
(3)弱いメルケル(A weaker Merkel)
(4)改革なし(No Reform)
(5)技術と中東(Technology and the Middle East)
(6)中央銀行の政治化(Central banks get political)
(7)ホワイトハウス対シリコンバレー(The White House versus Silicon Valley)
(8)トルコ
(9)北朝鮮
(10)南アフリカである。

 以下、最大のリスクである「独立した米国」について説明する。

*1=イアン・ブレマーは、地政学的リスク分析を専門とする世界最大のコンサルティング会社ユーラシア・グループの社長(President)

*2=“TOP RISKS 2017: The Geopolitical Recession”, eurasia group

*3=“EVERY NATION FOR ITSELF Winners and Losers in a G-Zero World”

*4=日本人と知っておきたい「世界激変」の行方、PHP新書

●「独立した米国(Independent America)」について

 トランプ氏の「米国第一(America first)」や「再び米国を偉大にする(make America great again)」は、「独立(independence)」にその根拠を置いている。

 つまり、トランプ政権下の「独立した米国」とは、世界の諸問題における米国が果たすべき不可欠な役割や責任からの独立であり、国連などの組織や同盟国によって米国に課せられる重荷からの独立を意味する。

 ユーラシア・グループの分析によると、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」の主張は、孤立主義の表明ではなく、単独主義の表明であるという。

 この単独主義は、孤立主義が示唆する「孤立して引きこもる米国」という弱いイメージではなく、世界で最も力のある米国として、国益を擁護するためにより直接的にそのパワー(軍事力、経済力など)を使用することだという。

 「独立した米国」は、軍事力の使用を厭わない。米国の中核的な国益を擁護するために、他国に与える結果を考慮することなく、米国単独でも軍事力を断固として使用する。

 この点は、軍事力の活用に極めて消極的で弱い大統領と批判されたバラク・オバマ氏との大きな違いである。トランプ氏の外交政策は、オバマ氏の外交政策よりもずっとタカ派である。

 このタカ派の対外政策を成立させるために発表したのが大軍拡計画である「力による平和(Peace through Strength)」であり、陸軍の現役兵員数約49万人から54万人への増加、海軍の主要艦艇276隻を350隻に増加、海兵隊の23個大隊を36個大隊に増強、空軍の戦闘機数1113機を1200機に増強するという提案である。

 増強した軍事力を使い、世界の諸問題の解決ではなく、米国の利益のためにのみ使用するというのが国家通商会議代表に指名されたピーター・ナヴァロ氏などのトランプ氏側近の考えである。

米国第一と中国第一の衝突

 トランプ氏がツイッターなどで発信する中国批判は注目に値する。

 彼は、過去のしがらみにとらわれることなく、台湾の蔡英文総統と直接電話連絡したり、中国が長年主張し歴代米国大統領も認めてきた「1つの中国政策(One China Policy)」にとらわれないと発言した。

 「1つの中国政策」を認めない一連の言動は、中国の面目を丸つぶれにする強烈なものであり、オバマ氏の中国への寛容すぎる政策とは一線を画すものである。

 トランプ氏の対外政策の中で、この厳しい対中姿勢を肯定的に評価したいが、米中軍事衝突の可能性を秘めていることも指摘しなければいけない。

●中国ファースト

 一方、トランプ氏の厳しい対中政策は、秋に予定されている中国の共産党第19回全国大会を控えた習近平主席にとって頭痛の種になる。

 第19回党大会は、今後10年以上にわたり中国の政治および経済の方向性を決定する非常に重要なイベントである。習主席は、党大会に向けて自らの権力基盤の強化に集中している。

 習主席の中国も「中国ファースト」である。中国の国益特に核心的利益に対する国外からの挑戦特にトランプ氏による反中国的な言動には断固として対応せざるを得ない。結果として米中の緊張は高まるであろう。

●中国の対トランプ報復シナリオ

 ロイターは、12月13日の記事で以下のような対米シナリオを予想しているが*5、興味深いシナリオである。

 いずれにしろ、トランプ氏の一連の対中批判に対して習近平政権がおとなしく屈服する可能性は低く、トランプ氏が中国を刺激すればするほど、米中の関係は悪化することになる。

・米国との断交
・台湾近辺での軍事的挑発
・南シナ海における対決姿勢
・台湾向け武器輸出に関与する米国企業への制裁
・保有する米国債の大量売却
・北朝鮮への圧力緩和
・米企業に対する圧力
・農産物調達先の乗り換え
・市場アクセス推進の停止
・サイバー問題に関する合意の見直し(2015年秋のオバマ・習近平合意の見直し)

*5=「焦点:トランプ時代の米中対立、想定される中国の報復シナリオ」、ロイター

ロシアによる2016年米国大統領選挙介入問題

●トランプ氏の常軌を逸したロシア擁護

 トランプ氏は、米国大統領選挙におけるロシアによるサイバー情報活動(ハッキング)について、ロシアを批判するのではなく、米国の情報機関(CIAなど)を批判する発言を繰り返してきた。

 彼は、米国の情報機関がロシアの仕業だと断定しているにもかかわらず、ハッキングに関するロシアの関与について、「馬鹿げている。信じない」、「犯人はほかの誰かかもしれない」と根拠なく一貫してロシアの関与を否定し続けてきた。

 オバマ大統領は、米大統領選挙へのロシアの前代未聞の干渉に対する報復措置として、昨年12月29日、ロシア軍参謀本部情報局(GRU)の要員やロシア外交官35人を追放し、米国内にある2つのロシア情報機関関連施設の閉鎖を命じた。

 この措置は当然の報復措置であるが、この措置にトランプ氏は批判的であった。

●トランプ氏による米国の情報コミュニティ批判

 ジェームズ・クラッパー国家情報長官は、トランプ氏による度重なる情報コミュニティに対する批判に対し、「健全な懐疑心と誹謗中傷は違う」と指摘し、トランプ氏の米国情報機関に対する批判が単なる誹謗中傷であると不快感を示した。

 共和党の議員さえ、「情報機関の重要性を理解してくれることを望む」(ジョン・マケイン上院軍事委員長)、「必要不可欠な場合を除き情報機関を批判すべきでない」(リンゼー・グラハム上院議員)とトランプ氏を批判している。

 トランプ氏と情報コミュニティの間の亀裂は米国および世界の将来にとって悲劇である。指揮官の状況判断にとって良質な情報は不可欠である。正確な情報を無視するとトランプ次期大統領の状況判断は高い確率で間違うことになろう。

●ロシアの米国大統領選挙介入に関する米国情報コミュニティの報告書

 クラッパー国家情報長官が1月6日に発表した「米国大統領選挙におけるロシアの活動と意図」に関する報告書*6は、ロシアの関与を否定し続けてきたトランプ氏の主張を完全に否定するもので、トランプ氏もしぶしぶロシアの介入を認めざるを得なかった。

 米国の情報コミュニティの報告書の主要点は以下の通りであり、トランプ氏の過去の主張がいかに間違っていたかを証明している。

・ロシアの選挙への介入の意図は、米国主導の民主主義的秩序を傷つけることである。
・ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が米大統領選挙に介入し影響を与える作戦を指示したと判断する。

・ロシアによる米大統領選挙への介入は規模や多様な手段(筆者注:ハッキングや虚偽ニュースの拡散など)で前例のないものであった。
・攻撃の狙いについては、米国の民主的プロセスの信用を貶め、ヒラリー・クリントン氏を中傷し、大統領に当選する可能性を小さくすることだった。

・トランプ氏の当選する確率を高めようとした。
・ロシア軍参謀本部情報局(GRU)がハッキングで民主党全国委員会や民主党幹部らの文書等を入手し、ウィキリークスに与えた。
・同盟国(筆者注:特に今年重要な選挙が多い欧州諸国)も同様の危険にさらされる危険性がある

 この報告を受けたトランプ氏は、「大統領選挙期間中のサイバー攻撃は選挙結果に全く何の影響も及ぼさなかった」と事実に反する内容をツイートした。

 しかし、報告書は単に、選挙結果に及ぼした影響に関しての分析を避けただけであり、「サイバー攻撃は、選挙結果に全く何の影響も及ぼさなかった」というのはトランプ氏の捏造である。

●トランプ氏に関する不名誉情報の流出

 ロシアがトランプ氏の不名誉な個人情報や財務情報を入手した疑いが出てきた。この情報の出典は、英国の情報局秘密情報部(MI6)の元情報員が書いたとされる報告書だ。

 この報告書をニュースメディアのバズフィード(BuzzFeed)が公開している。そこには次のような記述がある。

 「ロシアが西側同盟の弱化を狙って、プーチン大統領の承認のもと、5年以上トランプ氏を支援してきた」

 「トランプ氏は、クレムリンから民主党やその他の政治的ライバルたちの情報をもらっていた」

 「ロシア連邦保安庁(FSB)がトランプ氏を脅迫できる情報を持っていた。その情報にはトランプ氏のロシア滞在中における女性とのセックス情報も含まれている」

 このBuzzFeedの報告書についてトランプ氏は、「情報は虚偽ニュースであり、政治的な魔女狩りだ」だと激しく反論し、「米国の情報機関がこの情報を漏えいした」と批判の矛先を米国の情報コミュニティにも向けたが、クラッパー長官は否定している。

 さらにトランプ氏は記者会見において、CNNなどのマスコミにも怒りをぶつけ、マスコミとの関係も悪化させてしまった。

*6= Intelligence Community、“Assessing Russian Activities and Intentions in Recent US Elections”

●第2のウォーターゲート事件になる可能性も

 ブルッキング研究所のシニア・フェローであるダニエル・ベンジャミン氏は、「いかなる大統領であろうと、情報コミュニティとの良好な関係なくして外交政策は成功しない」と指摘し、情報コミュニティを批判し続けるトランプ氏を諌めている*7。

 両者の関係をさらに悪化させると、情報コミュニティの士気を低下させ、最も優秀な者は去り、大統領のために働きたいと思う者がいなくなり、情報を漏洩し不正を告発する者(whistleblower)が出てくるだろう。

 情報コミュニティに対する過剰な批判は、トランプ氏自身を傷つけ、後々まで大きな悪影響を与える可能性がある。

 トランプ氏のロシアとの不適切な関係は、第2のウォーターゲート事件に発展する可能性がある。ウォーターゲート事件は、1972年の民主党本部への盗聴侵入事件に端を発し、情報コミュニティとマスコミの両方を敵に回したリチャード・ニクソン大統領が退任せざるを得なかった事件である。

 トランプ氏のロシアとの密接な関係や情報コミュニティとマスコミとの対立関係は、当時と同じ様な構図であるとも言える。

長官候補の上院公聴会などでの発言

 トランプ氏が問題のツイートを連発している間に、彼が指名した国防長官候補や国務長官候補、CIA長官候補は、議会の公聴会で極めて適切な主張(トランプ氏の主張とは真逆な主張)を展開した。

 国家の最高司令官(Commander in Chief)としての資質のなさを露呈する次期大統領と優秀な参謀の違いが明確になってきている。

 トランプ政権内における意見の不一致が1月20日以降の政権運営にいかなる影響を及ぼすかが注目される。以下は、主要な候補の主張の要約である。

●国防長官候補ジェームス・マティス元中央軍司令官

 国防長官に指名されたジェームス・マティス元大将は、米上院と下院の軍事委員会の公聴会で議員の質問に適切に答えた。

 共和党議員はマティス氏の44年間の軍歴を高く評価し、民主党議員もマティス氏にトランプ次期大統領に対するチェック役を期待するなど評判は良く、上院は81対17の圧倒的多数でマティスを支持した。以下は彼の発言の要点である。

・我々は、プーチン対処の現実を認識することが最も重要である。プーチンは、NATO(北大西洋条約機構)を破壊しようとしている。
・ロシアは米国の戦略的な競争者であることを選び、鍵となる重要な分野で敵である。

・ロシア人とはつき合うが、ロシアと対決しなければいけない分野が増えている。
・NATOにおける米国の役割を擁護し、ロシアに対する抑止力としてバルト3国への永久的な米軍の配置を支持する。

・中国は、アジア諸国との信頼をずたずたにしている。中国は、米国の国益に反する行動をする可能性がある。
・イラン核合意は不完全ではあるが、その放棄を求めない。

●国務長官候補レックス・ティラーソン元エクソンモービルCEO

・日本、韓国、サウジアラビアが核兵器を保有することを望まない。
・南シナ海の人工島に中国がアクセスできないようにする必要がある。

・南シナ海における中国の行動はロシアのクリミアでの行動と似ている。事態に適切に対処してこなかったから、南シナ海で中国が許容範囲外の行動をとる結果になった。

・ウクライナの同意がない限り、ロシアのクリミア併合を認めない。
・TPP、イラン核合意、気候変動に関する合意を支持する。

●CIA長官候補マイク・ポンペオ共和党下院議員(元陸軍将校)

・情報コミュニティの報告書を受け入れ、プーチン大統領が米国大統領選挙に介入したことを認める。
・トランプ氏のロシアとの関係に関する調査において、事実を追求する。
・ロシアは、世界中で攻撃的に自己主張を再開している。澄んだ目でモスクワを見てきたし、今後も同じだ。

結言

 多くの人が主張するようにトランプ氏のツイッターによる情報発信は、米国にとっても世界にとっても大きな不安定要因になっている。彼が次に何をツイートするかは多くの人を不安にさせているが、彼は大統領就任後もツイッターを使い続けるであろう。

 また、彼のプーチン大統領とロシアに対する異常な支持は彼の主要なスタッフや米国の情報コミュニティの認識とは真逆である。トランプ政権が本格的に始動すると、政権内の意見の不一致が表面化するであろう。

 最も影響力のある国家の最高司令官が米国のみならず世界の安定にとっての最大のリスクになっている現実にはため息が出る。

 トランプ氏のカウンターバランスとしての議会、司法、優秀な閣僚、マスコミに期待せざるを得ないが、2017年以降の世界が2016年以上に不安定になることを覚悟せざるを得ないであろう。

*7=Daniel Benjamin、“How Trump’s Attacks on U.S. Intelligence Will Come Bak to Haunt Him”、Brookings FP

筆者:渡部 悦和