著名な言語学者で、中国国家語言文字工作委員会の元委員である周有光さんが14日午前3時30分、北京にある自宅で亡くなった。112歳だった。

写真拡大

著名な言語学者で、中国国家語言文字工作委員会の元委員である周有光さんが14日午前3時30分、北京にある自宅で亡くなった。112歳だった。新華社が伝えた。

周さんは1906年1月、江蘇省常州市に生まれ、49年9月には革命に参加した。早くから経済学を研究し、55年からは言語・文字を専門に研究するようになった。

スペイン紙エル・パイスのサイトは14日、「周さんは漢字の発音のローマ字表記『ピンイン』の成立に主導的な役割を果たした。『ピンイン』は、中国の子供や外国人が中国語という複雑な言語を学ぶ上で、非常に有用であり、パソコンや携帯で数万に及ぶ漢字を入力する上でも非常に重要な役割を果たしている」と伝えた。

中華人民共和国成立後、周さんは中国文字改革委員会に招かれ、漢字ピンイン方案委員会の委員を担当した。そして、3年かけてピンイン方案を策定し、58年2月にその方案が全国人民代表大会で承認された。

現在使われているピンインは、中国においてかけがえのない文化遺産とされ、中国人の普段の生活の至る所にまで浸透している。ピンインが誕生するまで、中国人の85%が非識字者だった。しかし、漢字の簡略化やピンイン制定などの文字改革に加えて、一連の教育政策が打ち出され、中国は現在、世界で識字者が最多の国になっている。

ピンインの考案のほか、周さんは「ブリタニカ百科事典」を中国語に翻訳するための委員も務め、言語・文字学や文化学の分野の著作を数多く発表してきた。

米国「ニューヨーク・タイムズ」のサイトは14日、「『ピンインの父』と呼ばれた周さんが14日に北京で亡くなった。周さんはローマ字表記『ピンイン』系統を成立し、その系統は約60年前に打ち出され、今では一般的な基準となっている」と伝えた。

中国で58年にピンインが導入されたのは、数万に及ぶ伝統的な漢字に取って代わる文字を導入するためではなく、表音文字で綴ることにより、多くの人に、ミステリアスな漢字の世界を少しでも身近に感じてもらうためだ。ピンイン誕生により、中国人の識字率は大幅に向上し、中国語を学ぶ外国人の苦労が軽減された。

そして、目の不自由な人が点字で書かれた中国語の文章を読むための助けにもなってきた。その他、恐らく周さん自身も予想していなかったと思われるのは、ピンインがパソコンのキーボードやスマホで中国語を入力する上で、非常に大きな役割を果たすようになったことだ。(提供/人民網日本語版・編集/KN)