大学は学生に何ができるのか。(写真はイメージ)


 現在、大衆化した日本の大学が提供している教育や学生支援の中には、かつて(大雑把に言えば、1990年代まで)の大学にはほとんど存在しなかったメニューがある。その代表的なものを挙げると、以下の表のようなラインナップになる。


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48915)

 このうち、「初年次教育」については、以前の連載(「想像のはるか上を行く大学「大衆化」のインパクト」)で論じたので、今回は「キャリア支援・教育」について、数回に分けて取り上げる。考えてみたいのは、(1)大学におけるキャリア支援は、いったいいつ頃から登場し、(2)その後、どのように展開してきたのか、そして、(3)そこにはどんな課題や問題点があるのか、という論点である。

「キャリア支援・教育」という用語

 本題に入る前に、1点だけ「キャリア支援」「キャリア教育」という用語の使い方について、注意を喚起しておきたい。

 端的に説明すると、本稿の用語としての「キャリア支援」とは、学生のキャリア形成に資するためのさまざまなサポート、ガイダンスやセミナー、講座や講習会、相談やカウンセリングなどを指すが、大学が授業として提供するキャリア教育科目などによる「キャリア教育」は含まない。要するに、「支援」は幅広い活動であり、単発のサービスやサポートを含むが、「教育」は系統的・体系的な一連の働きかけであると捉えるからである。

 ただし、世の中の一般的な用法としては、キャリア支援が、キャリア教育も含んで広義に理解されることもある。そうした場合は、本稿では「キャリア支援・教育」と表記することにする。やや複雑ではあるが、ご注意いただきたい。

大学が学生に提供する「支援」

 さて、それでは、大学におけるキャリア支援・教育は、いつ頃から、いかにして開始されたのか。このことを考える上では、もともとの大学は、教育課程に即した授業や演習・実験などの提供という本丸の活動以外に、学生に対していかなる「支援」をしていたのかを見てみると分かりやすい。

 1つは、学生の「生活支援」である。入学時の各種ガイダンスの他に、奨学金の申請や授業料免除などに関する業務、自宅外の学生に対する下宿先やアパートなどの紹介、アルバイト先の紹介などが、これに当たる。より広く捉えれば、学生相談室の相談業務や、学生の自主的活動への支援として、大学祭へのサポート、体育会やサークルなどの活動への支援もある。

 2つめは、「学習支援」である。図書館の各種サービス、履修上の相談、留学の相談などが、これに当たる。ただし、従来の大学には、図書館の活動を除けば、本格的な意味での学習支援を展開していた形跡はない。多くは、学務課などの窓口が、本来業務の傍らで細々とこうした支援を行っていたというのが実態なのではないか。

 しかし、現在では、学習支援室や学習支援センター、ライティングセンターといった学習支援の専門部署を設けたり、ラーニングコモンズのような施設を作って、そこに学習支援員や大学院生などを配置したりする大学も少なくない。

 この意味で、学生に対する学習支援は、この間の大学が充実・発展させてきた学生「支援」の分野である。それは、大学のサービスの向上と見ることもできるが、大学側にとっては背に腹は代えられぬ事情があったとも言える。

 その事情とは、初年次教育を登場させたのと同じ事情、つまり大学の「大衆化の衝撃」である。以前であれば、「学習」は学生に任せておいても成り立っていた。しかし、現在では、手厚い学習支援とセットにしなければ、従来のような教育成果を期待することが難しくなってきたのである。

 もちろん、大学のポジションによって内情は異なるので、学習支援の充実によってより高い教育成果を上げ、大学間競争を勝ち抜いていくためという場合もあれば、手厚い学習支援を組み込まなければ、そもそも授業が成り立たない、学生はレポートも書けないし、課題も提出できないからという場合もあるであろうが。

 最後に、大学が伝統的に学生に提供してきた支援の3つめは、「就職支援」である。

 かなり以前には、大学に届いている求人票の開示と相談業務くらいの役割しか果たさなかった時期もあったのだろうが、少なくとも1990年代後半、インターネット上の就活サイトを軸にした就職活動が主流になって以降は、大学による就職支援の範囲は、拡大の一途をたどってきたと言ってもよい。就職活動へのガイダンス、自己分析、業界・会社研究、エントリーシートの書き方、面接の受け方などに関するガイダンスやセミナー、そして個別具体的な相談活動が熱心に行われるようになった。

 その背景には、「就職氷河期」という言葉も誕生したほどの大卒者の就職難があり、少子化の進行の中で、大学間の生き残り競争を強いられた各大学にとっては、就職実績をあげることが至上命題とされたという事情がある。

「キャリア支援」の登場

 察しのよい読者はすでにお気づきのことと思うが、今日の大学による「キャリア支援」の前身は、こうして拡充・発展してきた学生に対する就職支援の取り組みに他ならない。

 ただし、キャリア支援は、単純な意味で就職支援の連続的な延長上に位置づくものではない。用語の変更は、当然のことではあるが、その用語に込められた狙いや、それが映し出す現実の変化を反映しているはずだからである。

 それでは、いったいいつから「キャリア支援」という用語が使われ始め、そこにはいかなるコンセプトが込められていたのであろうか。

「キャリア支援」へと転換した時期の問題については、正直に言って、正確なところは掴めない。しかし、ヒントとなる現象はある。

 それは、2000年代前半の時期に、全国の有力大学がこぞって、それ以前の就職部や就職課を「キャリアセンター」や「キャリア支援センター」などへと改組し始めたという事実である。その嚆矢(こうし)は、筆者の知る限り、1999年の立命館大学であった。こうした動きは、2000年代後半以降には加速し、各地の大学に飛び火していったと考えることができる。

 就職部からキャリアセンターへの名称変更や改組は、当然、何の理由もなく行われるはずはない。端的に言って、そこでは、大学が行う支援の対象を、学生の「就職活動」から学生の「キャリア形成」全体へと拡大することが目論まれたのである。

 キャリアセンターの設置とキャリア支援への役割の拡大は、今日の大学における「キャリア支援・教育」へのスタート地点である。しかし、現在のキャリア支援・教育の形は、その後も紆余曲折を経ることで出来上がっていく。その経緯については次回見ていくことにするが、ここでは最後に、キャリアセンターの設置の時点でもすでに見え始めていた課題や問題点について触れておくことにしたい。

大学キャリアセンターの憂鬱

 学生に対する支援の充実という意味では、輝かしい任務を担ったはずのキャリアセンターであるが、現在の時点から振り返れば、そこにはいくつかの落とし穴も潜んでいたと考えざるをえない。

 第1に、就職支援からキャリア形成支援への役割の拡大は、単純に言って、業務過多を生み出した。結果として、キャリアセンターの業務の多くには、委託や人材派遣といった形で、人材ビジネス系の外部業者を呼び込むことになった。

 第2に、就職活動の支援であれば、事務組織である就職部がそれを行えば済んだ。しかし、キャリア形成支援となると、当然、学部などの教学組織との関係が出てくる。キャリア教育科目が導入されるようになれば、なおさらである。結果として、キャリアセンターには、教学組織との調整や連携という厄介な課題が持ち込まれることにもなった。

 第3に、そもそも大学には、学生のキャリア形成支援についてのノウハウも無ければ、それを担う専門的人材もいなかった。その結果、キャリア形成支援として対象を広げた活動の内容は、先の外部業者の活用とも相まって、結局は就活支援に近い内容に落ち着くという実態も生み出した。

「キャリア支援」の理念の裏腹に、「就活支援の肥大化」や「大学の就職予備校化」と揶揄されるような現実を作り出すことに手を貸してしまったのである。

筆者:児美川 孝一郎