5つの数字で知る、ポドルスキってこんな選手

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ヴィッセル神戸への移籍が噂されるルーカス・ポドルスキ。

ディエゴ・フォルラン以来となる大物選手の来日に期待がかかる。

そんなポドルスキとは一体どんな選手なのだろうか?5つの数字から紐解いてみる。

「18」 - プロデビューを果たした年齢

ルーカス・ポドルスキは1985年6月4日生まれの31歳。

"Podolski"という名前から分かるようにポーランドにルーツを持ち、ハンドボールのポーランド代表選手である両親の下に生まれた。

父方の祖父母が第二世界大戦前にドイツ国籍をもっていたこともあり、2歳の時にドイツへと渡り、ケルンのユースで育った。

するとBチームにあたるケルンBでのプレーが評価され、2003-04シーズンに18歳の若さでトップチームデビュー。このシーズンには19試合に出場し10得点をあげ、一躍シンデレラボーイとして注目を集めた。

随分と昔から活躍している印象があるだけに、まだ31歳というのは少し意外かもしれない。それほどポドルスキのデビューは早かったのだ。

ちなみに、ドイツとポーランドの二重国籍を持っているが、世代別代表から一貫してドイツでプレーしている。ポーランド語での名前の表記は「Łukasz Podolski」となり、発音的には「ウカシュ・ポドルスキ」と読む。

 「129」 - ドイツ代表での出場試合数

18歳でプロデビューを果たし、すぐさま世界的プレーヤーに成長していったポドルスキ。

ドイツ代表からもすぐさま声がかかり、これまで129試合に出場し48得点をあげている。出場試合数と得点数は、ともにドイツ代表史上3位の記録である。

出場試合数ではフランツ・ベッケンバウアー(103試合)やフィリップ・ラーム(113試合)を凌ぎ、ゴール数でもルディ・フェラーやユルゲン・クリンスマン(ともに47得点)を上回っている。サッカー大国ドイツにおいて、これだけの成績はそう簡単に残せるものではない。

ルディ・フェラー、ユルゲン・クリンスマン、ヨアヒム・レーヴといった指揮官からの評価も高く、10年以上にわたって代表の常連となった。

出場した国際大会は多く、ワールドカップを3度(2006年、2010年、2014年)、欧州選手権を4度(2004年、2008年、2012年、2016年)経験。2006年ワールドカップでは3得点を奪い、リオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドを抑えて「最優秀若手選手」に選ばれた。

他にも、ドイツ史上最速で100試合出場を達成するなど(2012年、27歳13日で)記録を打ち立てた。ポドルスキは、クラブ以上に代表で輝いた選手と言えるかもしれない。

なお、EURO2016をもってドイツ代表から引退を発表している。

 「3.2」 - 30mダッシュのタイム

強靭な足腰を持つポドルスキ。

30mを3.2秒で走る俊足を武器としており、流れの中で中央へ入り込み、コンビネーションからフィニッシュへ持っていくパターンを得意とする。

また左足も非常に強烈で、いわゆる「弾丸」系のパワフルショットは迫力満点。エリア外から積極的にミドルシュートを狙うタイプではないが、抑えの利いたシュートが上手く、セットプレーを蹴ることも。

センターフォワードやセカンドトップを本職とするが、ケルンで起用されたようにサイドハーフでもプレーが可能だ。

本人曰く、「運動量があり、シュートも得意」。元々はMFであり、FWにコンバートされたことでその能力を開花させたという。

 「10」 - お気に入りの背番号

ポドルスキは背番号「10」を好む。

なかでもドイツ代表では長い間お馴染みの番号とあり、2010年以降の主要国際大会では常にポドルスキがつけていた(ポドルスキの引退後はメスト・エジルが受け継いでいる)。

10番以外にもエースナンバーを数多くつけており、バイエルンやインテル、ガラタサライでは11番、アーセナルでは9番を背負った。

なお、ヴィッセル神戸では昨季ニウトンが「10」をつけていた。

「3」 - 一緒にプレーした日本人選手の数

ポドルスキは日本人と同じチームでプレーした経験を持つ。3人いるのだが、全員お分かりだろうか?

一人は、ケルン時代に(2011年から2012年)のチームメイトである槙野智章だ。

ポドルスキのニュースを知った槙野は早くも反応。自身のTwitterでこんなエピソードを教えてくれた。

ひょっとしたらまだ日本語を覚えているかも?

アーセナル時代(2013年から2014年)には宮市亮ともチームメイトになっている。

インテル時代(2014年から2015年)には長友佑都とも。

ちなみに、ポドルスキは「キャプテン翼」の大ファン。レガースもこんなデザインだったりする。