『本バスめぐりん。』大崎 梢 東京創元社

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 車そのものが本屋さんになっていて、たくさんの本を積んでいろんな場所にやって来る。今はなきテレビ番組「宮崎美子のすずらん本屋堂」(BS11)を見ていて、そんな素敵な書店があると知った(それはそうと、「すずらん本屋堂」ってなんで終わっちゃったの!? 我らが「本の雑誌」編集長・浜本茂さんもしばしば出ていらしたのに。復活を熱烈希望)。本好きにとってはまさに「鴨がネギしょってやって来た」状態ではないか! 

 といっても移動書店はまだ知る人ぞ知る存在かと思うが、もうひとつ本をたくさん積んでいろいろな場所を回る車がある。それが移動図書館だ。こちらはときどき噂に聞くし、移動書店よりは利用者数も多いのではないだろうか(残念ながら、私はこれまで機会に恵まれなかったが)。本書の主人公は還暦を過ぎるまでシステムエンジニアとして働いていた運転手の照岡久志(テルさん)だが、陰の主役は移動図書館の「本バス」(公募で決まった愛称は「めぐりん号」)といってもいいかもしれない。めぐりん号は種川市内16か所を2週間かけて回る。火曜日から金曜日までの午後に、2〜3か所ずつ回って計16か所だ。利用者からすると、2週間に1度の割合でめぐりん号がやって来ることになる。一般的に移動図書館にどれくらいの本が積まれているのか知らないのだが、めぐりん号には約3000冊だそうだ(すごくたくさんあるように感じる!)。

 このめぐりん号が回る先々で起きるちょっとした事件について、テルさんが智恵を絞って解決していく。そう、『本バスめぐりん号。』は「日常の謎」系短編集なのである。うっかり図書館の本に挟んで返却してしまった忘れ物を、次に借りたはずの利用者は何もなかったと言ったのはなぜか? 引っ越してきてからめぐりん号に通うようになった、父親とふたり暮らしの女子中学生はどうしてある週だけ1冊も借りなかったのか? テルさんがホームズ、彼とコンビを組んでめぐりん号で各所を回る図書館員のウメちゃんこと梅園菜緒子がワトソン役だ(いや、推理に関してウメちゃんはワトソンほどには働いてないかも)。そういったミステリーとしてのおもしろさはもちろんなのだが、移動図書館のシステムや貸し出しされる本について詳しく書かれている部分というのがまた、本を愛する読者にとって大いに興味深い内容となっている。自身も書店勤務の経験がある著者の大崎梢氏が、これまでにも書店や出版社を舞台とした作品を多く発表されていることについてはよくご存じの読者も多いだろう。そんな著者が新たに描き出したのが(移動)図書館という場だ。本が好きで集まってくる人々に悪い人はいない、と思いたくなる短編ばかりである(大崎作品にはときどき「これは苦いな」と思うビターな味わいのものもあるけれど、本書はどなたでも安心して読めるのではないか)。

 あるエピソードに、テルさんが利用者のひとりと言葉を交わす場面がある。その利用者は本を読むのだけが楽しみだった。それでいいと思っていたのに、人との関わりを求める気持ちがあることに気づいてしまったのだ。本というものは、自分が読みたいときに読めるのが魅力のひとつだ。読み聞かせなどを別にすれば本を読むのは基本的にひとりで行うわけで、そこで完結している行為ともいえる。ただ個人的には、読んだ本の感想を他の人と共有できることは読書の最大の楽しみだと思う。例えば私がこの文章を書いて、ご覧になったみなさんが同じ本を読まれて「自分も同じこと思った!」「自分はそうは思わない」といった感想を持っていただけたらそれは無上の喜びである(このままだと一方通行ではあるが、それでもうれしい。ごくまれにネットなどで感想を書いてくださっているのを読む機会があると、なおさらうれしい)。まして、対面でやりとりできたらうれしさも倍増だ。この利用者が実際にどんな風に行動したか、ぜひお読みになって確かめていただきたい。どんな物事にも必ずよい結果が待ち受けているわけではないが、何も行動を起こさなければ現状を変えられる可能性すらないということを改めて認識させられた。本は変わろうとする勇気を持たせてくれるものであり、人と人とをつないでくれるものでもある。本書を読まれれば、本って「やっぱりいいものだな」と思いを新たにされるに違いありませんよ!

(松井ゆかり)