2017年、私のイチオシ「Jリーガー」(1)
◆富樫敬真(横浜F・マリノス/FW)

 彼がサッカーに感動を覚えたのは、小学校3年生のときだった。

 深夜、テレビを見ていた祖母が、ある番組内で「2002年日韓ワールドカップ観戦チケットをプレゼント!」という告知が流れるのを見て、ハガキで応募してくれた。「サッカーが好きな孫のために」という想いが通じたのか、当選した。

 カードは、日本vsロシア。日産スタジアムは満員で、熱気を肌に感じられるほどだった。稲本潤一のゴールが決まった瞬間、スタンドでは知らない日本人同士でも抱擁をかわしていた。

「サッカーってすごい! こんな力があるんだ。オレもサッカー選手になりたい!」

 少年はその熱に浮かされたように、サッカーボールを蹴ることに没頭するようになった――。

 富樫敬真(とがし・けいまん/23歳)は、横浜F・マリノスで今年3シーズン目を迎えるストライカーである。

 富樫は母がアメリカ人ということもあるのか、上半身の幅が厚く、手足も長く、基礎的な体の強さ、持久力、爆発力を備える。"足回り"のよさは傑出し、今シーズンのホーム最終節では13.618kmを走破。これはシーズンを通じて、FWとしてはダントツトップの記録である。スプリント回数(時速24km以上)も、チーム1位である日本代表MF齋藤学に比肩(ひけん)する。

 しかし富樫の最大の長所は、アスリートとしての万能性よりも、性格的な不屈さにあるのではないか。

「自分は8割以上が逆境」

 そう語る富樫は、トッププロにたどり着いたのが奇跡に思えるようなキャリアを過ごしてきた。

 小学校時代は得点を量産。県選抜に選ばれ、横浜FMの下部組織から声がかかった。しかし精鋭がそろった横浜FMでは、その自信を打ち砕かれた。技術的に突出した選手のボール回しに、目がまわった。まったく太刀打ちできない。やがて、人数合わせのサイドバックを命じられるようになった。

「(横浜FMのジュニアユースには)自分は『点は取れるけど、速いだけ』みたいな感じで入ったので。サッカーが嫌いになりそうでしたね。マリノスには入れたけど、ずっと補欠だったから、それが恥ずかしくて、周りにも言えないし」

 富樫はそう言って、長い睫毛(まつげ)を伏せる。

 当然、ユースには昇格できなかった。クラブをドロップアウトして高校へ進学。そこでもサッカーは続けたが、特記すべき経歴はない。大学でも関東2部リーグだった。

 しかし、サッカーをやめようと思ったことはない。

「中学のときのつらさを考えたら、どんな状況でも這(は)い上がれるって思っていました。FWとして、得点を取れるようにはなっていたので。周りは就活を始めていましたけど、自分はプロになれる、と根拠のない自信がありました。フリーターをしながらでもいいから、絶対にチームを探すと。なりたい思いが強ければ届く、なんて思っていました」

 ポジティブな志向で這い上がる気概が通じたのか。所属する関東学院大が横浜FMに練習生を供給していたこともあり、富樫は紅白戦に参加していた。そのプレーをエリク・モンバエルツ監督に気に入られ、練習試合で横浜FMの選手として出場。この機会に得点を叩きだし、特別指定選手を勝ち取った。そして日産スタジアムでのデビュー戦、いきなりゴールを決めた。

「(ディフェンスの)裏への抜け出し」

 モンバエルツ監督はそう言って、富樫の長所を端的に説明している。デビュー戦のゴールも、マーカーの背後をとってのヘディングシュートだった。ボールの落下点を見極める勘がよく、ヘディングやボレーなどボールを叩く感覚に優れる。

「足もとは下手な選手だけど、エリアに入るとやたらとうまくなる」

 横浜のチームメイトたちもそう洩(も)らすように、エリア内ではボールの置き所がよく、シュートインパクトの冷静さは特筆に値する。

 その可能性を証明するように、2年目の昨シーズンは18試合で5得点を記録した。リオデジャネイロ五輪の候補メンバーに選ばれ、ガーナとのU−23日本代表デビュー戦でゴールをマーク。海外遠征のトゥーロン国際トーナメントにも参加したものの、五輪最終メンバーからは漏れた。

「悪くない1年間だったと思います。でも振り返ると、点を取っても評価を上げられずにへこんだり、もっとやれたな、というのしか残っていません。やっぱり、自分は8割以上が逆境の選手。リオには行けませんでしたが、それがワールドカップで爆発する力になるって信じています」

 新シーズンに向け、富樫は飛躍を誓う。自らのゴールで人々を感動させる。幼い頃、心を震わせた場所で――。これほどの快事はない。

「きれいごとに聞こえるかもしれないけど、感謝の気持ちは自分の力になると思っています。自分がプロ選手になっているなんて、客観的に捉えたら信じられません。だからこそ、関わってくれた人たちに感謝して、そのエネルギーをまた自分の力に換えたいんです」

 それが、逆境を踏み越えてきた男の作法なのだろう。

小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki