◆小林可夢偉インタビュー@後編

「ずっと元カノのことを問いただされてる感じで、すごい嫌やねん。昔、付き合ってた彼女のことをゴチャゴチャ言う男って、なんか嫌じゃない?」

 浮上のきっかけすら掴めないまま終わってしまった2016年のスーパーフォーミュラを振り返っている途中、小林可夢偉は言った。いかにも可夢偉らしい例え話だが、まさにそのとおりだ。

 可夢偉の速さは誰もが知っている。1年で急に遅くなるわけなどない。では、なぜ......。彼ほどのドライバーがワンメイク(エンジンは2メーカー)のレースで優勝争いはおろか表彰台にすら立てず、ポイントを獲得することにさえ苦労し、最終戦でようやく1ポイントを獲っただけでシーズンを終えなければならなかったのか?

 その理由を問いたださないわけにはいかない。

 過去の女性に例えたように、可夢偉はあまり多くを語ろうとはしない。

「レースってね、ダメなときは何をしてもダメなんですよ。1回うまくいくとスムーズに回り始めるんですけど、ダメなときはそこから巻き返すのはそんな簡単なことじゃないし、(スーパーフォーミュラというカテゴリーが)そういうレースらしいレースだっていうことでもある。僕のなかではそんなにビックリすることでもなくて、僕自身GP2アジアではビックリするくらい速かったのに、その後のヨーロッパ本戦ではグダグダになるみたいなこともあったし、それがレースというものやから」

 しかし、もちろん運や流れというような非科学的なことだけではなく、若手ドライバーのように精神的な自信の有無といったことでもなく、不振の背景には技術的な理由があるはずだ。

 スーパーフォーミュラは全チームが同じ車体と同じタイヤを使い、トヨタ勢は同じトヨタエンジン、ホンダ勢は同じホンダエンジンを積んでいる。だが、見た目は同じでも、チームによってまったくと言っていいほど別物のクルマに仕上がっていると可夢偉は言う。

「見た目が一緒やから、見てる人にはわからないかもしれないけど、やってる人にはすごくよくわかるんです。見た感じではモノは一緒ですよ。でも、後ろについて走っていけば、やってて自分が悲しくなってくるくらい明らかに違うっていうのはわかりますよ。クルマの挙動が違うんです」

 その技術的な理由が明確にわからないからこそ、可夢偉は苦しんでいた。

 ただ、可夢偉自身はハッキリとは言わないながらも、自分の乗っていた8号車の車体が何らかの問題を抱えているのではないか、と感じているようだった。

「(ブリヂストンからヨコハマに)タイヤが変わったことにうまく対応できなかったのが、一番の理由かなと思います。でも、その理由が僕にもよくわからないんですよ。クルマのセットアップなんか、クルマ自体が悪いんか」

 我々の目に見えないところで、可夢偉はさまざまな試行錯誤をしてきた。セットアップを完全に変えてみたり、はたまた2台のマシンで同じセットアップにしてみたり、ライバルチームの動向を探ってみたり......。

 そんななかで、何かが当たっていれば可夢偉が言うように、そこからすべてがスムーズに回っていった可能性もあったのだろうか。しかし、可夢偉は言下に否定した。

「いや、なかったと思います、あのクルマでは。クルマ的には、何をどうがんばっても勝てないだろうな、というところにしかいなかったから」

 国内復帰初年度の2015年には一度もマシンを壊さなかった可夢偉が、同じマシンをドライブした2016年は何度もコースから飛び出し、クラッシュを喫した。

「たぶん、自分がクルマに乗れてなかったんでしょうね。自分が好きなタイプのクルマじゃないし、そこに合わせきれなかったかなとも思うし。そんな攻めすぎた感覚もないのに、ふとしたときに気がついたら、もうどうしようもなくなってるっていうのが多かったから」

 最後まで原因を究明できず、モヤモヤしたものを抱えたままシーズンを終えることになった可夢偉は、シーズン後のテストで他チームのマシンをドライブさせてくれと直訴し、これが認められて初めて8号車以外のステアリングを握った。

 その機会を経て、可夢偉のなかでは答えが見えたようだった。

「自分の乗り方が悪いということは感じなかったから、(自分のドライビングは)思ったよりひどくなかったなと思いました。それなりにもう少し、あのクルマに慣れなきゃいけない部分も自分にあったかもしれないけど、自分がいるポジションがここまでひどいはずはなかったというのは明らかに確認できたからね。あれだけ1年を通して、前に行けることすらなかったというのは、やっぱり何か(クルマに問題が)あったんやろなということがわかったっていうくらいのことです」

 自分が本来いるべきポジションで走ることができない悔しさや怒りもあったはずだ。速さは錆びついてしまったのではないか......という声が聞こえてきてもおかしくないほどの長いトンネルに、焦りもないはずはない。

 しかし、可夢偉はそんなことはおくびにも出さず、ただ耐え続けた。

「そういうことはケータハムF1で戦った1年で痛感したし、それも含めてレースやから。与えられた環境のなかで全力を尽くすしかないんです。ジャングルですごく綺麗な女性を待ち構えても、いないでしょ? どこかで心を鬼にして、そこで我慢するしかないんです」

 昨年末にはF1のタイトルを獲得したニコ・ロズベルグが引退を表明し、突如空席となったメルセデスAMGのシートを巡ってさまざまな憶測が飛び交った。チームが出した求人広告に対し、可夢偉は「僕は空いてます! 言うこと聞きます!」と自身のSNSで履歴書を見せ、多くのファンから賛同の声を受けた。

「そら行くよ! 絶対行くでしょ。シートが空いてるんやったら、1年だけでも全然乗りますよ! メルセデスAMGですからね。スーパーフォーミュラとメルセデスAMGのどっちがいいかって言われたら、そりゃ誰だってメルセデスAMGのほうがいいって言うでしょ? テストだけでもやらしてくれないですかね......」

 今もF1を完全にあきらめたわけではない。十何億円も持ち込んで下位チームのシートを手に入れ、わざわざ苦労しにいくようなことはしたくないが、コンペティティブなマシンに乗れるチャンスがあるなら、乗ってみたい。レーシングドライバーの純粋な気持ちとして、今でもその思いはある。

「レッドブルでも行くし、フェラーリでも全然行く。そりゃ、速いマシンには乗ってみたいですよ」

 周知のとおり、メルセデスAMGはバルテリ・ボッタスを候補に絞り込み、目下最終交渉を進めている。もちろん可夢偉自身も、速さや経験といったことだけではないさまざまな条件を踏まえたうえで、自分に白羽の矢が立つ可能性がないことはわかっていた。

 こうして、多忙な可夢偉の2016年は終わった。

「ハイライトはやっぱり、(WECの)富士で勝ったことですかね。よくなかったのは、1年間、彼女ができひんかったことかな(苦笑)。まぁ、世界各地を飛び回って忙しい1年やったからね、そのくらいレースに打ち込んだ1年やったっていうことにしといてください。2017年はクルマのほうもプライベートも、両方でいい彼女を見つけたいと思います(笑)。まずはクルマですね!」

 WECではタイトルとル・マン24時間耐久レースの勝利を目標に挙げた。では、こちらもまだ本決まりではないものの、スーパーフォーミュラにも参戦するとなれば、その目標は?

「とりあえず1回、勝ちたいなっていうのがひとつの目標ですね。去年は『チャンピオンを獲ります』って言うたけど、今は全然それどころじゃないから、控え目に言っときます(苦笑)。とにかく、あの彼女(クルマ)とは別れたいなと。美容整形に行ってもらってサイボーグになって帰ってきてもらうか、新しい彼女を見つけるかですね(笑)」

 最後に、悲喜こもごもの1年を楽しむことができたのか、尋ねてみた。すると、可夢偉は笑顔で言った。

「楽しかったですよ。でも、2017年のほうがもっと楽しいと思う」

 小林可夢偉の目の前には、もっと明るいシーズンが待っている――。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki