海外で夢だった仕事に就き、世界を舞台に活躍している日本人女性たち。そんな彼女たちに憧れるけれど、きっと難しい壁を乗り越えてきた過去があるはず…。そして成功の裏側には「20代」「30代」に築き上げてきた過程があってからこそ。

そこで、今回は海外で活躍する2人の女性が「30代」でしておいてよかったと思う、夢へのステップを伺いました!

※20代編はこちら!

BBCレポーター/キャスター 大井真理子さん

オーストラリアへの留学後、NYでの厳しい就職活動や、当時専門ではなかった経済のニュースを伝えるメディアでの勤務を経て、長年の夢であるBBCで働くことになった大井さん。行動力や情熱が溢れる、そんな彼女が30代でしておいてよかったと思うこととは…?

1.結婚にこだわらず、自分のキャリアに専念する

2011年に起きた東日本大震災の取材後、日本発のレポートを担当させてもらえることが多くなりましたが「日本からしか取材できない記者」と思われたくないと思い、BBCニューヨーク支局とロンドン本社での勤務を希望しました。大学卒業後に訪れ、仕事をもらえなかった苦い思い出の地でしたが、希望が叶いニューヨークで記者として働けたことにはとても感動しました。当時、プライベートでは4年間付き合っていたのに、一向にプロポーズしてこない彼と別れてから渡米しました。そうしたら、ニューヨークにわざわざ来てくれてプロポーズ。このとき、彼との結婚に固執せず、自分のキャリアアップに専念したから得られたプライベートでの幸せかなと思っています。

2.経済的に独立すること

オーストラリアに留学するまで「玉の輿結婚が夢」と公言していました。ところが「不倫されたらどうするの?」とホスト・マザーに言われたことがきっかけで、夫に全面的に支えてもらう生活ではなく、自分1人でも生きられる人間になりたいと思うようになりました。今でも家賃や食費、光熱費など、全てを割り勘にしています。万が一のことがあっても、自分は娘を支えて生きていけるという自信は、大事なことだと思います。

3.周囲の反応を恐れず、自分が伝えたいと思う内容を報道すること

日本にいた高校生の頃から日本の歴史教育のあり方に興味がありました。日本が第二次世界大戦中に近隣諸国で行った残虐な行為を、教科書の数ページで学ぶだけで、果たして被害を受けた国々の人たちときちんと理解しあえるのか、話ができるのかと疑問に思い、記事を書きましたが、インターネット上では「反日」と酷評され、批判されました。それでも、その後中国人記者と一緒にドキュメンタリーを制作。辛いことも多いプロジェクトでしたが、BBCで10年間勤めた中で、一番思い出深い、そして誇りに思える番組ができたと自負しています。

4.新しい報道の仕方にも挑戦すること

オバマ大統領の広島訪問の時、偶然プライベートで大阪にいたので、取材に行きたいと上司に頼みこみました。ベテラン特派員がもう1人広島に入り、テレビやラジオのレポートを作成していたので、私自身はFacebookライブなどの新しい報道方法に挑戦。SNSが普及し、視聴者の層がどんどん変わる今だからこそ、これまでのやり方にこだわらず、テレビ離れが進むとされる若者にも興味を持ってもらえる報道の仕方を模索しています。今後、テレビ・報道業界は大きく変わると思いますが、夢の仕事が手に入ったと満足せず、時代の流れとともに、自分自身も変わることが大切だと思っています。

5.伝えたいメッセージを届けるためにダメ元でも連絡する(BBCの「100人の女性」特集で小林麻央さんに連絡をしたこと)

ロンドンに麻央さんへの取材を提案した時は「ブログをまとめて引用する許可がもらえたら」という条件をつけました。しかしロンドンのプロデューサーに「ダメ元でいいから記事を書いてもらえないか聞いてほしい」と言われ、故・市川團十郎様の取材でお世話になった成田屋さんにメールを送らせていただきました。海老蔵さんが記者会見で仰った「そっとしておいて」という言葉が胸に刺さり、断られる覚悟でした。誠にありがたいことに、多くの人の心に響く素晴らしい記事を書いていただくことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。

BBCに入ってから、詩を書くように記事を書くネイティブ・スピーカーの特派員には、自分の英語力では到底かなわないと劣等感を感じることもありますが、日本語ができるからこそ伝えられるストーリーがあること、そしてガンに凛々しく立ち向かっている麻央さんのことを世界の人に知っていただけたことは、記者をしていてよかったと心から思えた瞬間でした。

―最後に、海外で働きたいと思う女性にメッセージをお願いします!

先日、英語が全く分からないのにシンガポールに引っ越してきた8歳の日本人の女の子と知り合いました。「お友達との会話はどうしてたの?」と聞くと、「口の代わりに手が話してくれるから大丈夫!」と答えてくれました! もちろん、海外で仕事をする場合は、文法や交渉力も重要ですが、完璧な英語で話さなければとプレッシャーに感じるのではなく、「決して完璧な英語じゃないけれど、彼女が話す内容は聞く価値がある!」と思ってもらえるようになるのが何より大切だと思います。また、多文化の環境にいると、今までの価値観をくつがえす出来事にしょっちゅう遭遇しますが、マイナスな感情を抱くのではなく、「相手が育った環境や受けてきた教育」を理解するように努力して、各国の文化に対して柔軟になることが大切だと感じています。

小出治子さん 世界銀行国際金融公社シニア・インベストメント・オフィサー

「国際機関で働く」という夢を叶えるためアメリカの大学院に留学し、帰国後は日本企業と外資系企業で経験を積まれた小出さん。その後も育児休暇中には、子どもを連れてアメリカへ資格を取りにいくなど、自身の道をまっすぐ進む姿が印象的! そんな小出さんが、20代編に続き、30代でしておいてよかったこととは?

1.30代前半、外資系コンサルティング会社で仕事に没頭

30代前半で外資系コンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループ (BCG)に転職、クライアント企業の経営戦略の立案支援に従事しました。仕事は相当に忙しく、面接時には「住み込みのお手伝いさんを見つけたほうがいいですよ」とアドバイスされたほどでした。職住近接のために九段下に住み、子どもが小さかったので大学生にベビーシッターをお願いし、家事も家事サービス会社に外注しながら、育児と両立させていきました。30代で体力もあり頭も冴えているときだったから出来たと思いますが、仕事面で自分の能力を急成長できたことは大きな財産となりました。この5年間はとにかく仕事に集中し、自分の成長に喜びや達成感を見出しました。

2.どんな仕事についても一生役に立つスキルをものにする

BCG時代に学んだスキルは、世界中どこでも、あらゆるビジネスの場面で共通して役に立つ技だと思います。すべてのプロジェクトはクライアント企業の悩みや問題意識を理解することから始まりますが、その際に企業が抱えている課題をロジカルに構造化し、課題解決の枠組みを考えていきます。そして、闇雲に分析に入るのではなく、まず課題解決の仮説を立て、インパクトを定量化しつつ、自分の議論をまとめていきます。コンサルティング会社ではこういうスキルをどんどん鍛えられますので、自分の成長カーブもぐっと立ち上がり、仕事が出来るようになっていく楽しみを味わうことができました。これらのスキルは、普通の会社では珍しい特殊能力でもありますので、どんな仕事についても同僚と差別化して付加価値がつけられる強い武器となりました。

3.30代後半で、ライフワークバランスを見直す

30代後半で世界銀行/国際金融公社(IFC) に入社するためにアメリカへ移住しました。BCGの仕事はやりがいもあり楽しかったのですが、時間的にも体力的にも厳しい仕事で、なかなか育児に自分の意識を集中することが難しくもありました。親として、息子が10代になる前に彼と充実した時間を過ごすことが必要だと思い、仕事面の負荷を減らす道を探し始めたとき、運良くIFCからワシントンDC本部でのオファーをいただきました。

4.アメリカで子育て中心の生活に切り替える

10歳まで日本で育った息子は当然英語がわからないので、まずは息子がスムーズにアメリカの学校や生活になじめることを最重要視し、私もできるだけのサポートができるようにしました。たとえば、夕食後2時間ぐらい毎日宿題を一緒にしたり、たまには学校に行って授業の様子を見ながらそばでこっそり通訳をしたり…。それまでの激務で東京時代はほとんど夕飯も一緒にできなかったので、夕方6時には帰宅し夕飯は必ず家で一緒にしました。そもそも東京時代は夕方6時に家に帰宅すること自体難しかったので、それが出来るだけでもアメリカに移って良かったと思いました。

小学校5年生だった息子も、高校に進学する頃には英語で勉強する環境でも良い成績を出せるようになり、すっかりアメリカでの生活を楽しめるようになりました。渡米して14年、息子も無事大学を卒業して社会人になったので、いまは自分の趣味の分野でも新しいことに挑戦しています。歌のレッスンを受けてオペラを歌うことに挑戦したり、初めてミュージカルの舞台にも立ちました。

―海外で働きたいと思う女性へ、メッセージをお願いします。

地道な努力はしつつも、最後は自分の直感に従うことが大切だと思います。

今こうして振り返ってみると、青写真通りに来たようで辻褄があって聞こえますが、そのときそのときに自分の目の前に現れたチャンスをつかんできたら、結果としてこうなったという感じです。奨学金が取れて大学院に留学したのも、息子を20代後半で出産したのも、その後BCGからオファーがもらえたのも、アメリカに移り住む機会を得たのも、すべてそれぞれに私の人生に大きな影響を与えた出来事でした。自分の力を超えた、崇高な力に導かれて来たように感じます。それでも、それぞれのチャンスを最大限生かすために、毎回真剣に取り組んできたのも事実です。仕事も学業も、そして子育ても。その真剣さが実を結んだという考え方もできるかなと。

そして、人生の岐路に立った時なぜこれらの道を選んだかは「直感」でした。子供がまだ小さいのにBCGの仕事をやってみようと決めた時も、アメリカに子供をつれて移住しようと決めた時も、正直言って色々迷いました。周りには、反対する人もいました。それでも最終的には「やってみよう」という直感で決めました。きっと諦めたら後で後悔しそうだと。

一方で、新しいスキルや能力を身に着けるような努力は日々地道に重ねて、準備はしていったほうがいいと思います。そうして蓄えた力をバネに、魅力的なチャンスが目の前に現れてきたら、直感を大事にしてものにしていく。そうやって真摯な態度で人生に向かっていけば、道はおのずと開けていくのではないでしょうか。

大井真理子

オーストラリア、RMIT大学ジャーナリズム学部卒業後、米ロイター通信でのインターンを経験を経て、日本のブルームバーグテレビジョンに入社。2006年より、フリーランスプロデューサーとして、BBCワールドニュースのシンガポール支局に入局、現在はキャスターも務める。

小出治子

米国コーネル大学大学院卒業。第一勧業銀行、KPMGピートマーウィック(M&A部門)を経て、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。2002年に渡米、世界銀行国際金融公社(IFC)のシニア・インベストメント・オフィサーに就任。