海外で夢だった仕事に就き、世界を舞台に活躍している日本人女性たち。そんな彼女たちには憧れるけれど、きっと難しい壁を乗り越えてきた過去があるはず…。そして成功の裏側には「20代」「30代」に築き上げてきた過程があってからこそ。

そこで、今回は海外で活躍する2人の女性が「20代」でしておいてよかったと思う、夢へのステップを伺いました!

BBCレポーター/キャスター大井真理子さん

世界で輝く女性が指南!しておいてよかったこと【20代編】

BBC(英国放送協会)が世界に向けて発信する国際ニュースとドキュメンタリーの専門チャンネル、BBCワールドニュースの日本人初のキャスター・レポーターとして活躍する大井さん。そんな彼女が、20代の頃にしておいてよかったと思うこととは?

1.海外(オーストラリア)に留学する

16歳のとき、父の転勤がきっかけで、当時流行っていた『ビバリーヒルズ高校白書』をイメージして、深く考えもせずに留学を決心。しかし、想像以上に大変な英語社会での生活を思い知り、これではとても授業についていけない…と気付かされました。留学前は中高一貫の私立校で、いわゆる当時のトレンドだったアムラー、孫ギャル生活を満喫していたのですが、日・英両方の言語で書かれた本や教科書を読み比べながら勉強するようになりました。

それでも、高校卒業後にオーストラリアで進学したジャーナリズム・スクールでは、自分の未熟な英語力がコンプレックスでした。ただ、最初の授業で「ニュースは中学生にも分かる英語で伝えることが基本」と教わり、報道をするのに難しい英単語を使う必要はないんだ、と安堵したのです。完璧な文法で話すことにこだわらず、とりあえず会話ができるようになる、また英語でビジネスができるだけの語学力を身につける努力は、20代からでも決して遅くないと思います。

2. 学生時代から現場での経験を積んだこと

オーストラリアの高校に留学中に、映像を使って世界にニュースを報道する仕事がしたいという夢を持ち、ジャーナリズム・スクールに進学しましたが、入学前から、メディア業界の方たちに積極的にコンタクトをとりました。お会いしたうちの1人の方から、「学生時代から実践的な経験を積みなさい」とアドバイスをいただき、在学中は、キャンパス内のスタジオでコミュニティーテレビやラジオでの活動をしました。また、時間があれば記事を書き、若さの特権"怖いもの知らず"で、新聞社に記事を送っていました。卒業する時には在校中に自分がキャスター、レポーター、ディレクターをした番組の映像を自分で編集したショーリールもできあがり、投稿して掲載された新聞記事もファイルにできるまでになりました。それらを、履歴書と一緒に送ることで、就職活動の際に、即戦力になることをアピールできたと思っています。

3. NYでの就職活動、インターンの経験をムダにしない

アルバイトをした折の元上司の「The worst they can say is no! (断られても命までとられるわけじゃないんだから!)」という助言を元に、学生時代から、断られることを恐れずに各テレビ局に連絡して、インターン経験を積ませて頂きました。また、大学卒業後に訪れたニューヨークでは各テレビ局に連絡し、40社を訪れました。即仕事にはつながりませんでしたが、「見学なら来てもいいよ」と言っていただき、アドバイスもたくさんいただきました。

その後、経済を全く学んでいなかった私が、経済専門チャンネル・ブルームバーグテレビに就職できたのは、その時の縁がもとで、NYヤンキースのテレビ局で通訳のアルバイトをしていたおかげだと思っています。実はブルームバーグの就職試験の試験官、のちの上司がヤンキースの大ファンで、面接では野球の話で盛り上がれたので!

4. BBCで働くという夢を諦めなかったこと

そんな状況で合格したブルームバーグ入社初日、「日銀とみずほ銀行ってどう違うんですか?」と先輩に聞いて、唖然とされたものです。入社後は、取材相手にまで、分からないことはどんどん質問し、経済の勉強をさせていただいたなと思っています。仕事を一緒にしたみなさまに助けられ1年半勤務しましたが、やはり"BBCで働きたい"という夢は常に持っていました。休暇でロンドンに行った時、BBCで働く知り合いの知り合いの知り合い(まったく無関係に近い、見ず知らずの方)に「一度お会いしたい」と連絡をとり、面接にこぎつけることができました。そしてオファーをいただけたのは、アジアのHQシンガポールでのフリーランスプロデューサーという不安定なポジションでしたが、長年の夢だった仕事への第一歩だと、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、思い切ってシンガポールに引っ越しました。当初はシフトがほとんどもらえず、家賃が払えるのか不安な時もありましたが、仕事がもらえなくても、給料がもらえなくても、毎日出社し、ベテラン特派員が編集する様子を観察、勉強をしてきました。念願叶い、正社員になって数カ月後、"誕生日に働くから"と懇願し、初めてオンエアの仕事を担当させていただきました。それをきっかけに、その後、他のキャスターの休暇・病欠時に、キャスター業をさせてもらえるようになりました。

5. フットワークを軽く、たくさんの国を訪れる。また、貯金をしておく

BBCキャスターの多くは、元特派員で現場での取材経験が豊富な方達です。行ったこともない、現地のことは何も知らない国のニュースを読むのではなく、少しでも多くの国を自分自身で訪れたいと、シンガポールを拠点に、アジア各国を旅しました。同時に、毎月例え少額でも必ず貯金を続けています。思い切ってシンガポールに引っ越せたのも、僅か1年半でしたが正社員として働いた時に地道に貯蓄をして貯えがあったからこそ。また、2年前にシンガポールで出産しましたが、外国人の医療費は信じられない金額がかかりますし、日本のような補助も一切ありませんから、コツコツと貯めていた貯金が大活躍でした。

小出治子さん 世界銀行国際金融公社シニア・インベストメント・オフィサー

アメリカ、ワシントンDCにある世界銀行国際金融公社(IFC)本部で、シニア・インベストメント・オフィサーとして活躍する小出治子さん。途上国の貧困・飢餓の撲滅、女性の地位向上、環境資源の喪失の阻止などを目的に、民間セクターへの投融資の業務を担当。20代後半で出産をし、30代前半でキャリアを築き、30代後半で渡米したという小出さん。そんな彼女の20代の頃に迫りました。

1.アメリカの大学院に留学したこと

当時、「国際機関で働きたい」という夢は漠然とあったのですが、どのようにキャリアプランを建てればいいのか見当もつきませんでした。少しでも夢に近づくためにニューヨーク州にあるコーネル大学の大学院に2年間留学することに。はじめての海外生活だったので、英語もうまく話せず始めは授業についていくのも大変でした。新入生のパーティーに参加しても、ほとんど発言しないで微笑んでいるだけで。それでも、さすがに2年間アメリカ人の学生にまざって授業で発言したり、英語で論文を書いたりするうちに、ライティングや会話力も徐々に伸びていきました。アメリカの大学院で培った語学力が、英語を使って働くという道の基礎になったと思っています。

2.日本企業から外資系コンサルティングへの転職

大学院卒業後はアメリカで就職活動をしたのですが、グリーンカード(就労ビザ)なしに仕事を見つけるのは困難でした。そこで、アメリカの企業が難しければ、まず日本企業の海外支店で働こうと考えたんです。第一勧業銀行(現みずほ銀行)のNY支店に面接を受けに行ったのですが、日本の本社で総合職で入社することを勧められ就職、東京の兜町支店の配属になりました。当時は男性総合職が600人程のところに女性総合職は6人という時代でした。やはり女性でNY支店転勤は道のりが遠そうだと思い、1年3カ月で退職を決意し、外資系コンサルティング会社に転職しました。そこでは、当時盛んになっていたM&A(企業買収)の仕事に就き、ファイナンスの勉強を専門的にしなくてはならなくなりました。そこで、CFA (Chartered Financial Analyst)という投資・資産運用のプロフェッショナルのための専門資格を取ることにしました。

3.育児休暇中に資格を取得、短期アメリカ留学も。勉強は続ける。

当初のプランでは、キャリアをある程度築いてから子どもを産もうと思っていました。しかし、大学院を卒業し20代後半で出産。今思えば、あのタイミングで産んでおいてよかったなとしみじみ思います。きっと「キャリアを築いてから」とか言っていたら、なかなか出産に踏み切れなかったかもしれないと。出産後は約2年間育児休暇をとり、週3回子どもを保育園に預けながら、CFA の資格をとる勉強をしつつ仕事復帰の準備をしていました。CFA試験というのは結構大変でして、10冊くらい教科書を読んで試験に備えるのですが、自分で地道に本を読むよりは授業を受けたほうが早いかなと思って、夏期講習を受けることにしました。1歳半の赤ちゃんを連れてカリフォルニア州立大学バークレー校へ3カ月間ほど。ほとんど思いつきでしたね(笑)。一応、授業のある時間帯は保育園に預けていましたが、時々は眠っている息子をつれて授業に出て、先生にびっくりされて。「起きたら出ますから」って(笑)。

―20代の女性へメッセージをお願いします。

今振り返ると、20代というのが先が読めなくて一番迷いの多い時期だったと思います。自分が何に向いているのか、どんな仕事をしたいのか、どうやったら目指すキャリアに到達できるのか。さらに、女性の場合は、どのタイミングで結婚や出産をするべきかも考えなくてはいけないし。こういったことは全部計画できるものでもないし、計画したところでその通りに物事が運ぶわけでもないので、若いときは出来るだけ「オプションを広める」という基準で道を選んできたように思います。

一方で、いざというときに飛躍できるように、いつも準備はしておいたほうがいいと思います。例えば仕事面で新しいスキルをつけていくとか、語学力をつけていくとか。こういう基礎体力のようなものは一夜漬けではつかないので、地道に日々鍛えていく必要があると思います。

大井真理子

オーストラリア、RMIT大学ジャーナリズム学部卒業後、米ロイター通信でのインターンを経験を経て、日本のブルームバーグテレビジョンに入社。2006年より、フリーランスプロデューサーとして、BBCワールドニュースのシンガポール支局に入局、現在はキャスターも務める。

小出治子

津田塾大学卒。国際基督教大学(ICU)大学院から米国コーネル大学大学院に留学、修士号を取得。第一勧業銀行、KPMGピートマーウィック(M&A部門)を経て、ボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社。2002年に渡米、世界銀行国際金融公社(IFC)のシニア・インベストメントオフィサーとして、開発途上国における民間プロジェクトの投融資に従事。