「愛」は相手のため、「不安」は自分のため

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不安の中でも、自己実現のため、つまり理想に向かうにあたって生まれる不安はOKです。でも、自分のがんばりが認められないかもしれない、などの自己防衛のための不安はNGです。相手を思って「叱る」ことは「愛」ですが、自分の感情で「怒る」ことは「不安」が原因なのです。「愛」なのか「不安」なのか、自分によく問いかけてみましょう。   

理想に向かうための不安はOK

不安自体は、100%悪いというものではありません。
たとえば、自己実現のための不安はOKです。
人は何か目標を持ち「こうなろう」と決めたときに、必ずといっていいほど「これをやると、こんなリスクが生まれるな……」「このまま突き進んでいいんだろうか」という不安を持ちます。それは、進んでいるからこそぶち当たる壁のようなもの。何もしていない人にはそんな不安は生まれません。こういった、「理想に向かうなかで生まれる不安」は自分でエネルギーに変えることができるので問題ありません。

自己防衛のための不安はNG

しかし、自己防衛のための不安はNGです。
せっかく一生懸命にがんばっていても、「認められないかもしれない」などの不安に負けてしまうと、人は余計なことを言ってしまったりやってしまったりしますし、そのせいで、人から嫌われたり、煙たがられたりします。そうなると当然、「がんばり」は伝わりにくくなり、きちんと評価されなくなってしまうわけです。きちんと認められ評価されている人たちは、「不安」から生まれる言動が少なく、「愛」から生まれる言動が圧倒的に多い。このことは、コーチングをしていてもはっきりとわかります。
いちばんわかりやすい例は、叱るのは「愛」から生まれる行動ですが、怒るのは「不安」から生まれる行動ということです。

「愛」と「不安」の違いとは

同じ意見でも、「愛」で伝えれば、つまり「これがよいと思う。それは、自分だけのためではなくて、相手のためにも絶対によいと思う!」という気持ちで伝えれば、格段に伝わりやすい。
逆に、「不安」で伝えれば、つまり「これがよいと思う。それは私の利益のためであり、自分の立場を守ることにもなる。相手のことは二の次だ」と少しでもそんな気持ちで伝えれば、不思議なことに伝わりにくくなってしまうのです。どんなにきれいな言葉や表現や話し方で、礼儀正しく伝えても、です。
おもしろいのですが、批判や悪口といった一見ネガティブなものも、愛から生まれた言葉だと意外と相手に伝わります。愛を持って、つまり、「こうしたほうがあなたにとってもっとよいと思う」という気持ちのもとに、当人に面と向かってそれを言えれば、それは「自分のために嫌われる覚悟で耳の痛いことを言ってくれる人」という印象で受けとられます。

まとめ

 自分の不安のために、相手についやつあたり、なんてことはよくありますが、これはNGですね。相手のことを考えているのか、自分の利益だけを守ろうとしているのか、いつも自分に問いかけながら、愛をもって言葉を発することで、相手の心に届きやすくなります。

参考図書『なぜか好かれる人の「わからせる技術」』サンマーク出版 (2016/8/22) 著者:馬場啓介