「Thinkstock」より

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 混雑している店での買い物は、誰もが避けたいものだと思います。混雑は、避けられればいいのですが、混雑した状況下で買い物しなければならないとき、買い物客はどのような購買意思決定をするのでしょうか。これが今回のテーマとなります。

 混雑は、必要とする空間が確保されないときに生じる心理的ストレス状態と定義され、その感じ方は、予想していた混雑の程度、時間的な余裕、買い物目的、許容度によって異なります【註1、註2】。店内の混雑を不快に思うのは、商品をゆっくり、あるいはすぐに選べない、店内をスムーズに移動できない、レジでの待ち時間が長いなど、自分の買い物を思うようにできないからで、その不快感は、目的のはっきりした買い物を急いでしなくてはならないときにもっとも強くなります。

 逆に、特に買うものが決まっておらず、買い物を娯楽や他者との触れ合いを楽しむ機会として捉えている場合には、混雑はむしろ刺激的で、それほどひどく感じないことがわかっています【註1、註3】。おそらく、暇つぶしに店内を歩き回るときも同様でしょう。

●混雑とパーソナルスペース

 混雑を不快に感じる理由としてよく挙げられるのが、パーソナルスペースの侵害です。パーソナルスペースとは、他者との距離を最適に感じる目に見えない領域のことです。人は誰でも自分の身体の周りにそうしたスペースを持っており、このスペースが確保されているときは快適に感じ、他者がこのスペースに近づいたり入ってきたりすると不快に感じます。前方が広く、後方にいくにしたがって狭くなる「たまご型」をしているとされ【註4】、売り場やレジ待ちでは、自分の後ろよりも前に多くの人がいると、不快感は強くなります。

 また、他者の存在によってパーソナルスペースが侵害されると、「自己統制感」が低下することも明らかにされています【註5】。自己統制感とは、自分がさまざまなことを決定しているという感覚であり、自分の能力や優越性の高さを表します。多くの人は、自分のことは自分でコントロールしたいという欲求を持っていますが、この欲求がコントロールの困難な混雑状況では満たされなくなるのです。さらに、「独自性」や「個性」が喪失するという指摘もあります【註6】。多くの人は、自分がどういった人間なのかを認識しており(=アイデンティティの確立)、「他者とは違っていたい」という独自性欲求を持っています。この欲求も、雑踏の中に埋もれているような状態にあると、周りとの違いがないように感じられて満たされなくなり、独自性や個性の自己評価が低下するのです。

●混雑とユニークな商品への選好

 続いて、混雑が店や商品の選択に与える影響についてみていきたいと思います。

 混雑の感じ方は、自分から混雑している場所に行く場合と、自分のいる場所が他者が来ることによって混み合う場合とでは異なります。前者は自分の意思によるもの、後者は強制されたもので、後者のほうがよりネガティブに感じます。シュウらは、この2つの状況によって消費者の商品選択が異なることを実証しています【註6】。

 実験では、まず被験者にパソコン室の席に座ってなんらかの作業をしてもらい、続いて行うパソコン作業のときに、後ろ半分の席に座っている被験者に、パソコンが故障中という理由で前半分の空いている席に移動してもらい、それから作業をしてもらいました。最初から前半分の席に座っていた被験者は「強制された状況」に、移動した被験者は「自分の意思による状況」に置かれたことになります。また、このとき、被験者を隣り合って座る状況(混雑状況)と席を一つ開けて座る状況(空いている状況)のどちらかに割り当てました。そして、4種類のTシャツの写真を見せ、一つを選択してもらいました。4種類のTシャツの内、一つがロゴの色がほかとは大きく異なる「ユニークな商品」です。

 分析の結果、混雑している場合、「強制された状況」に置かれた被験者はユニークな商品を、「自分の意思による状況」に置かれた被験者はそれ以外の商品を選ぶ傾向がみられました。

 自分が座っている席の近くに他者が移動してきたことで混み合った場合は、自分のパーソナルスペースが侵害され、独自性が失われたように感じます。それは不快な感情なので、低下した独自性を回復しようとして、独自性が感じられる商品、すなわちユニークな商品に対する選好が高まったのです。反対に、自分から他者の席の近くに移動したことで混み合った場合は、自分の意思による接近なので、パーソナルスペースの侵害を強く感じません。むしろ、周りの他者に対して親近感を持ち、皆が選ぶような商品に対する選好が高まったのです。

●混雑と安全志向

 混雑に遭遇すると安全性の高い商品への選好が高まることを示した研究もあります【註7】。マエングらは実験で、被験者を、混み合っている小部屋、あるいは空いている小部屋のどちらかに案内し、アルファベット表の中から単語を見つける作業をしてもらいました。アルファベット表には、「安全」と関連する単語やその他の単語が含まれています。そして次に、コンビニエンスストアと薬局の間、クッキー1箱と救急関連製品の間、それぞれで好ましさを回答してもらいました。

 分析の結果、混み合った部屋で作業をした被験者は、空いた部屋の被験者よりも、安全と関連する単語を多く見つけ、コンビニエンスストアよりも薬局を、クッキーよりも救急関連製品をより高く評価しました。

 混み合った部屋ではパーソナルスペースが侵害されるので、防衛本能が働きます。その結果、「予防志向」になり、予防と関連する特徴をもつ薬局や救急関連製品をより魅力的に感じたのです。反対に、空いている部屋は快適なので「促進志向」になり、より好ましい商品が多いコンビニエンスストアや快楽的商品であるクッキーをより魅力的に感じたのです。

●混雑した店の応対について

 以上のことから、混雑した飲食店の場合、客に座る席を選んでもらうときには、客は自分の意思でその状況に向かっていくことになるため、周辺の客に親しみを感じ、近くに座っている客や多くの客が注文している料理を好むと思われます。したがって、その店の「人気料理」や「売り上げナンバーワン料理」などをお勧めすると喜ばれると思います。

 反対に、客が着席した後に混み始めたり、混雑状況の中で店員が客の席を指定する場合には、客は自分の独自性を維持するために、ユニークなメニューを好むと思われます。「期間限定」や「数量限定」のメニューや希少性の高い特別メニューをお勧めすると喜ばれると思います。

 また、体に良い食品や健康器具などを客に推奨する場合、客が多くなる休日や時間帯ではそれらを消費しないことで生じるネガティブな面をアピールすると、混雑によって「予防志向」になった客の注意をひくことができると思います。反対に、空いている状況では、客は良い点に注意を向ける「促進志向」になるので、効果をアピールするのが適していると思います。

 たとえば、野菜中心の食生活を推奨する場合、混雑している状況では野菜を食べないことのデメリットを、空いている状況では野菜の消費から得られるメリットをアピールすると、より高い効果が期待できます。

 最後に、混み合う店や行列ができている店では、店員が「お待たせしてすみません」といった言葉を客にかけると、客は「待たされた」と感じてイライラが募るのに対し、「本日はお忙しい中、この店を選んでいただき誠にありがとうございます」といった言葉をかけると、混雑した店での買い物や行列に並ぶことを「自分が決めた」と感じるので自己統制感が高まり、混雑に対する不快感が弱まると考えられます。

 買い物環境が混雑しているかどうかによって、買い物客の感じ方や選択が変わる可能性があるので、混雑状況に合わせたマーケティング戦略をとると、顧客とのより長期的な関係性の構築につながるかもしれません。
(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)

参考文献
【註1】Eroglu, S. A. and K. A. Machleit (1990), “An Empirical Study of Retail Crowding: Antecedents and Consequences,” Journal of Retailing, 66 (2), pp. 201-221.
【註2】Machleit, K. A., J. J. Kellaris, and S. A. Eroglu (1994), “Human Versus Spatial Dimensions of Crowding Perceptions in Retail Environments: A Note on Their Measurement and Effect on Shopper Satisfaction,” Marketing Letters, 5 (2), 183-194.
【註3】Baker, J. and K. L. Wakefield (2012), “How Consumer Shopping Orientation Influences Perceived Crowding, Excitement, and Stress at the Mall,” Journal of the Academy of Marketing Science, 40 (6), pp. 791-806.
【註4】中島義明・繁桝算男・箱田裕司編 (2005)『新・心理学の基礎知識』、有斐閣ブックス.
【註5】Hui, M. K. and J. E. G. Bateson (1991), “Perceived Control and the Effects of Crowding and Consumer Choice on the Service Experience,” Journal of Consumer Research, 18 (September), pp. 174-184.
【註6】Xu, J., H. Shen, and R. S. Wyer Jr. (2011), “Does the Distance between us Matter? Influences of Physical Proximity to Others on Consumer Choice,” Journal of Consumer Psychology, 22 (3), pp. 418-423.
【註7】Maeng, A., R. J. Tanner, and D. Soman (2013), “Conservative When Crowded: Social Crowding and Consumer Choice,” Journal of Marketing Research, 50 (December), pp. 739-752.