大相撲初場所は連日、満員御礼の盛況で活気あふれる取組みが展開されている。

 ホープの御嶽海が鶴竜、日馬富士の2横綱と大関の豪栄道を破る好スタート。一方で、4場所ぶりの復活優勝を目指す横綱・白鵬が盤石の強さをみせて土俵を引き締めれば、昨年、初の年間最多勝を獲得した大関・稀勢の里も悲願の初優勝へ視界は良好だ。

 そんな中、新たな歴史を築くべく戦っている力士たちがいる。名門・高砂部屋の看板を背負う男たちだ。

 初場所の番付発表があった昨年12月26日、高砂部屋の偉大な伝統に終止符が打たれた。部屋でただひとりの幕内力士だった元関脇・朝赤龍が、西十両9枚目で迎えた九州場所で4勝11敗と大きく負け越し、幕下に陥落。西幕下3枚目で4勝3敗と勝ち越した朝弁慶も十両への再昇進はかなわず、部屋が創設された1878年(明治11年)以来、138年にわたって続いてきた「関取」(十両以上の力士)がついに途絶えてしまったのだ。

 これだけ長きにわたり関取が途絶えなかった部屋は、現在43ある相撲部屋の中でも高砂部屋のみ。その歴史も栄光に彩られ、これまで西ノ海、小錦(初代)、前田山、東富士、朝潮(3代目)、朝青龍の6人の力士が横綱まで上りつめた。大関も、現在の師匠(4代目朝潮)を含む5人を輩出し、角界を代表する名門と呼ぶにふさわしい看板を守ってきた。

 それほどの名門部屋でありながら、関取が途絶えてしまった最大の原因は、新弟子の獲得が難しくなったことにあるだろう。高砂部屋は、2009年の春場所に朝興貴が初土俵を踏んでから、2012年名古屋場所までの約3年間、新弟子の入門がなかった。新たな人材が獲得できなければ、関取はおろか力士をイチから育てることもできない。

 初土俵から序ノ口、序二段、三段目、幕下、そして十両と育成には長い時間がかかる。十両への最速昇進は、木瀬部屋の常幸龍ら3人が成し遂げた所要6場所という記録だが、これは学生時代に実績を残すなど、入門前から有望だった力士が達成した例外中の例外。本格的な相撲経験のない中学、あるいは高校を卒業した新弟子を関取まで育てるには、順調に出世しても3年から5年はかかる。それだけに、約3年もの間、新弟子が入らなかったことは高砂部屋にとって厳しい現実だった。

 ただ、この「新弟子の入門者数の停滞」は角界全体の問題でもある。年間の入門者数は1992年の223人をピークに減少。2006年からは100人に届かない状況が続いており、昨年も88人だった。現在、テレビ中継でも高い視聴率を獲得し、人気が高まっている大相撲だが、新たな人材の獲得が今後も停滞すれば、さらなる土俵の活性化への見通しは暗くなるばかりだ。

 そんな状況を打開しようと、相撲協会も新弟子の入門基準に新たな対策を講じている。2012年5月には「身長173cm、体重75kg以上」だった体格基準を改訂し、体の小さな希望者を対象としていた第2検査を撤廃して「身長167cm、体重67kg以上」とした。また、2015年5月には学生相撲出身の入門者の規定も緩和。全国選手権など主要3大会で8強以上の実績を残した選手は、三段目付け出しの資格を与えることを決め、門戸を拡大している。それでも、新弟子の増加に劇的な効果をもたらしているとは言いがたい。

 新弟子の減少に加え、高砂部屋では2010年の初場所後に朝青龍が突然の引退を発表する事態があった。しかもそれが、スキャンダルを起こしての引退となったことは、部屋のイメージ低下に少なからず影響を与えただろう。この危機を乗り越え、たったひとりで関取の座を守り続けていた朝赤龍の努力精進は特筆すべきものといえる。

 一度は朝弁慶が2015年の九州場所で十両に昇進したが、朝赤龍の踏ん張りがなければその前に関取が途絶えていた。時には、ケガによる激痛を痛み止めで抑えて強行出場したこともある朝赤龍は、「部屋の看板を守っていかなくてはいけないという気持ちで土俵に上がっていました」と明かした。

 だが、そんな朝赤龍も昨年の九州場所・千秋楽で11敗目を喫し、その時点で関取が途絶えることが決定的となった。勝負に「もしも」は禁物だが、千秋楽で朝赤龍が勝っていたら、もしくは、同日に幕下で勝ち越しを決めた朝弁慶がもうひとつ白星を積み上げていたら、関取が途絶えることはなかっただろう。

 それだけに、朝弁慶は「一日一番の重みをいやというほど思い知らされました」と決意を新たにしている。幕下時代は「自分のことで精いっぱい」だったが、一度十両に上がったことで周囲からの支援や期待が大きくなり、あらためて高砂部屋の伝統を感じたという。だからこそ、「関取がずっといる部屋の伝統、看板を守らなくてはいけないという気持ちで取っていました。でも、自分があと一番、届かなかったばかりに部屋の歴史を消してしまい、申し訳なさと自分の情けなさでいっぱいです」と唇を噛みしめた。

 師匠からは、「これからどうするかは自分で考えろ」と言われたという。その言葉には、強くなるのもそうでなくなるのも自分次第、という意味が込められていた。師匠からの宿題を胸に秘め、朝弁慶は「自分自身に厳しくなって、関取に戻って新しい歴史を築きたい」と意気込む。

 幸い、新たな歴史を築く土台は整っている。今場所は朝赤龍と朝弁慶、さらに、昨年初場所に三段目付け出し制度で入門した近大出身の玉木と石橋の4人が幕下上位に名を連ねている。朝赤龍と朝弁慶は勝ち越せば再十両の可能性が高まる。さらに、石橋と玉木は7戦全勝なら新十両昇進が確実な地位だ。

 8日目までの4番相撲を終えて、朝赤龍と朝弁慶は共に1勝3敗と厳しい相撲が続いている。しかし、玉木は2勝2敗と奮闘、さらに石橋は6日目の3番相撲で元関脇の豊ノ島を破るなど4連勝と星を伸ばしており、1場所で関取が復活する期待が大きく膨らんでいる。石橋は「兄弟子たちに胸を借りて、すごくいい稽古ができています。幕下にいる全員が十両に昇進して、師匠が現役だった時代のような活気ある高砂部屋にしたい」と目を輝かせた。

 大関・朝潮として活躍した現在の師匠が現役だった時代は、高見山、富士桜、さらには弟弟子に小錦が入門するなど、火花が散る稽古で切磋琢磨してきた高砂部屋。現在、朝興貴も含めて幕下の5人が競い合って汗を流す状況は、名門復活への序章ともいえるだろう。

 138年も守った関取の歴史は途絶えた。しかし、新たな扉は開かれようとしている。後半戦に突入した初場所は、そんな高砂部屋の力士たちの気迫も大きな見どころだ。

松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji