12月29日が誕生日の錦織圭にとって、新たな年(とし)とは、常に、新しい"歳(とし)"のスタートでもある。

 27歳――。その年齢が持つイメージについて問われると、彼は「25歳と30歳の間ですかね?」と笑って軽くいなした後に、いくぶん表情を引き締めて続けた。

「対戦する相手が、自分より年下が増えてきた。27歳って、もう若くはないので......」

 歳を重ねるにつれ移ろう自身の立ち位置の変化は、この2〜3年で頓(とみ)に感じてきたことだ。

 テニスが変わった。ランキングが変わった。見える景色も変わってきた。

「オトナになってきたと思います」

 彼は、素直に口にした。

 頂点を狙う「27歳の世界トップ5ランカー」として、今、彼が志すべき「オトナ」のテニスは、今季開幕戦のブリスベン国際から持ち帰った課題と同義かもしれない。

 準優勝という結果のこの大会で、マイケル・チャン・コーチをはじめとするチームスタッフたちが危惧したのは、25歳のグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)に敗れた決勝戦より、フルセットにもつれ2時間23分を要した初戦(1回戦免除の2回戦)だったという。この試合の対戦相手は、20歳の新鋭ジェリード・ドナルドソン(アメリカ)。錦織は試合開始直後に4−0と大きくリードするも、そこから若い相手に6ゲーム連取を許し、第1セットを失った。

 この展開が、チャン・コーチらを憤(いきどお)らせる。

 トップ選手が若い相手に4−0とリードしたら、必ずとどめを刺さねばならない。強者のテニスで完膚無きまでにねじ伏せ、「この人には敵わない」と思わせなければならない――。

 それが、試合後にコーチ陣によって叩き込まれた「勝者の哲学」だったという。果たしてその檄(げき)が効いたか、続く3回戦で錦織は地元オーストラリアの22歳のジョーダン・トンプソンを6−1、6−1のスコアで圧倒した。連戦を勝ち上がっていくためにも、そして今後のテニス界での優位な関係性を確立していくためにも、これこそが錦織に求められる勝利であった。

 また錦織といえば、歴代最高の76.9%を誇る「ファイナルセットの勝率」が取り沙汰されることも多いが、この数字が隠し持つ負の側面は、ストレートで勝つべき相手にもセットを失っているという現実だ。だからこそ「チーム錦織」では、そのことを理解し、相手を圧倒する試合を増やしていくことの重要性について、多く話し合われているという。

 そのような背景を思うとき、全豪オープン開幕3日前の練習相手がトミー・ハース(ドイツ)だったことも、どこか象徴的に映ってくる。現在38歳・最高位2位のハースは、肩や足など幾度も手術を重ねては、そのたびにコートに復帰し、結果も残す不屈の人だ。直近の手術は昨年の4月。年齢や状況から見て誰もが引退かと思ったが、彼はリハビリとトレーニングを重ね、この全豪オープンで約1年半ぶりに公式戦のコートに戻ってきた。

 錦織にとってハースは、IMGアカデミーの大先輩であり、もっとも尊敬する選手のひとりであり、少年時代に練習相手を務めた最初のトッププレーヤーである。

 とりわけ錦織の印象に残っているのが、初めてボールを打ち合った少年の日、したたかに怒鳴られた記憶だ。

 当時14〜15歳だった錦織は、当然ながらハースと練習することに緊張していた。ミスをしてはいけない、ちゃんとラリーを続けなくてはいけない......そんな思いでボールを打ち返していた。

 するとハースは、怒気にゆがんだ顔で叫ぶ。

「俺相手にボールを強く打つのが、そんなに怖いか! 今のこのアカデミーでは、若い選手にボールを打つなと教えているのか!」

 その怒りが自分に向いていることを知り、錦織は「わ〜やべ! こんなふうに遠慮してちゃダメなんだ! もう相手がハースでもいいや、自分を出していこう」と吹っ切れる。それはまだ子どもだった錦織にとって、オトナの世界へのひとつの開示だった。

 そのときから10年以上の年月を経た今も、ハースとの練習は「すごく気持ちがいい」のだと錦織は言う。

「レベルが高いし、彼の練習に取り組む姿勢もすごく集中している。一緒に練習しているときは、自分も試合のような感覚で集中してできる」

 全豪オープン会場のマーガレットコートでの練習を、錦織はそう振り返った。

 今大会のドローは、開幕3日前の1月13日に確定した。錦織はいつもそうであるように、先々の展望に気をもむことなく、まずは初戦の相手のみ確認する。思えばこの姿勢も、彼がここ数年で変わったことのひとつかもしれない。まだ若いころの彼は、ドローができると自分の名と同時に対戦したい相手の名を探し、「何回戦まで行けば当たれる」と心を躍らせていたのだから......。

 今、錦織が倒すべき相手として集中するのは、1回戦で当たるアンドレイ・クズネツォフ(ロシア)。ここ1〜2年で大きく力をつけてきた、25歳の選手である。

「まだ完成されている選手ではないけれど、そんなにやりたい相手ではない。特に、この速いサーフェスではフラットでどんどん打ってくるから、気をつけるべきところはたくさんある」

 来る対戦に向け、錦織は気持ちを引き締めた。

「まだ完成されていない」粗削りな挑戦者に、錦織はいかなる現実を見せつけるのか?

 目指す「オトナのテニス」の実現に向け、初戦は格好の試金石となる。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
photo by AFLO