参加国枠が増えたことで、日本代表のワールドカップ予選を巡る環境も変化が起きるのだろうか。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

写真拡大 (全2枚)

 FIFA(国際サッカー連盟)は1月10日、2026年のワールドカップから参加国枠を現行の32チームから48チームに拡大することを決定した。
 
 一気に16チームが増える大幅な拡大によって、本大会や出場を争うワールドカップ予選はどのような変貌を遂げるのだろうか。過去7度のワールドカップ取材の実績を持つスポーツライターの加部究氏が展望する。
 
――◆――◆――
 
 競技や大会の普及発展を考えれば、晴れ舞台の間口は広げる方が得策だ。
 
 例えばかつては全国高校選手権にも、地域予選があった。もちろん発展の最大の要因は、1976年度に開催地を首都圏に移転したことだが、1983年度から各都道府県すべての代表校が参加することになり、一層全国の隅々にまで大会熱が浸透した。Jリーグの創設の影響も大きいが、地域差は徐々に解消され、逆に御三家と呼ばれた「静岡、埼玉、広島」や東京の高校が、なかなか勝てなくなった。九州勢が台頭し、東北、関西、北陸などの学校が主役になっても、決勝戦になれば国立も埼玉スタジアムも埋まっている。
 
 ユーロも昨年のフランス大会からは、参加国枠が24カ国になった。1968年スタート時点では集中方式の形さえなく、1976年にベスト4が旧ユーゴスラビアに集結。ようやく4年後の1980年に、イタリアで8か国による決勝大会が開催された。だが現在はUEFA(欧州連盟)加盟が「59」なので、実に約半分が本大会進出を確保できている。当然1980年イタリア大会の方が、2016年フランス大会より密度は濃かった。しかしイタリアは閑散としていて、フランスではどの会場も盛況だった。
 
 ワールドカップに話を移せば、2002年日韓大会までは前回優勝国に次回の出場権が与えられ、4年後にはディフェンディング・チャンピオンとして開幕戦に登場していた。しかし1990年イタリア大会でドイツを指揮して優勝し、「皇帝」の名で親しまれるフランツ・ベッケンバウアーは、この制度に異論を唱えた。
 
「チームは厳しい予選を通して強化されていくものだ」
 
 その後、ベッケンバウアーからは、こんな発言も出ている。
「あまりに力の離れた相手と試合をしても強化にならない」
 
 さて現在のユーロや将来のワールドカップの予選の組み合わせや難易度を見て、「皇帝」はどう思うだろうか。
 
 昨年のユーロ予選でも、オランダ(本大会に進めず)のような番狂わせはあった。だが概して強豪国にとって刺激は低下した。ただしそれは強豪国側からの視点で、反面今まで蚊帳の外だった国には元気が漲った。象徴的だったのが、アイスランドやウェールズの躍進である。
 
 そもそもジョゼ・モウリーニョが指摘するように、サッカーの発展を牽引するのはクラブシーンだ。ナショナルチームが競い合うワールドカップやユーロは、「真夏の世の夢」のような束の間の祭典で、十分な準備期間も確保できないから番狂わせが起きやすい。むしろビッグクラブに所属する選手ほどシーズン中は疲弊するので、強豪国にとってはハンディ戦になる。そしてより多くの大衆は、おそらく一部強豪国の寡占状態より、可能性のパイが広がる激戦に興味をそそられる。
 
 少数精鋭の利点は濃密さだ。一方欠点を挙げれば、競争が閉鎖的になり、格差が継続され普及が進み難い。その昔、イングランドと言えば「ジャイアント・キリング」が名物だった。特にノックアウト方式のFAカップでは、度々下部リーグのクラブが決勝戦にも顔を出し話題をさらった。ブライアン・クラフ率いるノッティンガム・フォレストは、トップリーグに昇格するとともに優勝を果たし、そのまま欧州制覇も成し遂げている。まだリーグでプレーをするのが英国圏の選手ばかりだった頃の話である。