シンポジウムには慰安婦問題の“専門家“たちが結集した

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 日本を貶める、歪曲された歴史が世界中に拡散され続けている。昨年12月、ついに親日国・台湾でも慰安婦博物館が開館した。オープニングセレモニーとして企画されたシンポジウムには、各国の反日的な慰安婦運動家たちが結集。その現場に西谷格氏が潜入した。

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 シンポジウムは台湾・韓国・中国・日本の4か国から人権運動や慰安婦博物館の運営に携わる人々が一堂に会して、“慰安婦サミット”の様相を呈していた。2015年に慰安婦をユネスコ記憶遺産に登録申請した件(結果は却下)についても触れ、2017年に改めて登録を目指す姿勢が確認された。

 休憩を挟んで、今度は韓国から来た韓国ギョム氏(韓国挺身隊問題対策協議会共同代表)が登場。

「まずはおばあちゃんの話に耳を傾けてみましょう」と語ると、幼いときに慰安所に連れていかれたという元慰安婦が80歳のときに書いた文書を、大げさな抑揚を付けて読み始めた。

「お母さん! おうちに帰りたい! 13歳のとき、日本軍は日に何十回も私を弄んだ。(中略)なぜ日本政府は謝罪することができないの? いつまで待たないといけないの? でもお母さん、私はあきらめない。(中略)今年こそ日本政府に謝罪して欲しい。すっかり年寄りになったけれど、絶対にあきらめない。お母さん、もうすぐ会えるからね」

 講談師さながらの熱っぽい口上に聴衆は完全に引き込まれ、目頭を押さえる人もいた。聞き手の心をグッと引き寄せたところで、解説を始める。非常に手慣れている。

「慰安婦は当時、挺身隊という名目で海外に派遣され、性奴隷にされたのです」

 挺身隊とは、戦時中に動員された勤労女子学生を指す。慰安婦と挺身隊は完全に別物だが、韓国はそれを混同して使う。何も知らなければ素直に彼女の言葉を信じてしまうだろう。

 午前中の発表が終わると、館内ツアーが行われた。焦点となっている「強制性」についてはどう説明しているのかと思って展示を眺めていると、次のパネルが目に飛び込んできた。

「『慰安婦』となった人たちは、強制されたのか、そうではないのかという議論があります。そのどちらであったとしても、実態は性的な暴力であったという事実に変わりはあるでしょうか」

 いや、変わりはあると思うのだが。この論法でいくと、現在オーストラリアやアメリカなどに出稼ぎに行っている韓国人売春婦は、後年、性暴力を受けたと主張できることになる。

 歴史学的な展示物は少なく、大半は慰安婦たちの「生きた証し」を紹介するもの。化粧品や手芸作品などが、陳列されていた。

 展示終盤で目を引いたのが、日章旗を模したメッセージカード。ガイドスタッフによれば、「日本政府に対する抗議メッセージを書くことができます」とのこと。

 すでに「欺瞞」、「反省」、「Say Sorry」などのメッセージが日の丸の上に太ペンで書かれ、壁一面に貼られていた。

※SAPIO2017年2月号