映画『人生フルーツ』より。津端修一さん・英子さん夫妻。(C)東海テレビ放送

写真拡大

 愛知県内の旧公団団地で、自給自足的暮らしを営む老夫婦がいた。畑を耕し、果物を収穫。作れるものは自分で作り、まめに手紙を書く。そんなゆったりとした暮らしぶりを記録したドキュメンタリー映画『人生フルーツ』が東京・ポレポレ東中野ほかで劇場公開された。製作したのは『ヤクザと憲法』ほか、硬派なドキュメンタリー作品で近年注目を集める東海テレビだ。それらの作品とは打って変わって「穏やかな暮らし」に焦点を当てたのはなぜか。伏原健之(ふしはら・けんし)監督に聞いた。

◆不安ばかりを煽る報道に疑問

 建築家・津端修一さん(90歳)と妻の英子さん(87歳)は、高蔵寺ニュータウン(愛知県春日井市)に300坪の土地を買い、木造平屋の家を建てて暮らしていた。庭には木が茂り、畑もある。そこで夫婦は70種の野菜と50種類の果実を育て、収穫したものは英子さんの手で料理や菓子、ジャムなどに変わる。それが実に美味しそうで、夫妻が生活を楽しんでいる様子が伝わってくる。

 映像は、そんなしみじみとした日々を淡々と記録している。これまで東海テレビが送り出してきた、硬派なドキュメンタリー作品群とは対極の作風のようにも見える。

「高齢者というと、貧困や孤独死といった辛い現実がまず思い浮かびます。確かにそうした事実はあるけれども、一方でそれらをニュースの定番ネタとして、観る人の不安ばかりを煽るような報道をしてきたメディアの影響もあると思います。でも人が年を取るということは、本当に不安ばかりなのだろうか。そうではない老後、将来の自分の手本となるような、素敵な年のとり方をしている人はいないだろうか……と思ったのが取材の動機です」(伏原さん)

 そもそもはフジテレビの「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズに感化されてテレビ放送の世界に入ったという伏原さん。

「世の中の辛いことや苦しいことは避けて通りたい」と思っていたが、異動先の報道部では自身の意に反して、社会の厳しい現実をニュースの題材として扱うことに。社会に影響を与える目的ではあったが、テロップや効果音といった演出を過剰気味に行うこともあったという。

「テレビをつけると重いニュースばかりが流れてきて、『こんな世の中は嫌だな』と思います。けれども、自分もそうしたニュースを発信する担い手になっている現実がある。そこに葛藤がありました。今回は『幸せな老後』がテーマですが、『ウソでしょう?』と思うような、ファンタジー的な作品が作りたかった」(伏原さん)

◆戦争、経済成長を経てたどり着いた境地

 そもそも津端さん夫妻はなぜ団地の一角で暮らしているのか。かつて公団住宅(現・UR住宅)の設計を数多く手がけた修一さんは、高蔵寺ニュータウンに元々あった里山と調和する設計のマスタープランを提案した。ところが時代は高度経済成長のまっただ中。山は削られて平らに造成されてしまい、戸数を重視した大規模団地ができ上がった。

「平らな土地に里山を回復するには、それぞれの家で小さな雑木林を育てる。そうすれば一人ひとりが里山の一部を担えるのでは」

 夫婦が高蔵寺ニュータウンに住んでいるのには、実は修一さんのこうした考えがあってのことだった。

 午前中に庭を耕し、家事は夫婦で分担して行い、日頃世話になっている人には小まめに手紙を書く。生活の中に四季の変化が入り込む、ゆったりとした生活。しかし、例えば自給自足だけにこだわるというようなストイックさは感じられない。「こういう暮らし方には憧れます。今はとてもマネできませんが、いつかはこうありたいですね」と伏原さんは話す。

◆物質的に豊かになった時代の、「幸せな老後」のロールモデル