世界経済フォーラムGlobal Agenda Councilメンバー 田坂広志氏

写真拡大

■正反対の2人のパフォーマンス

「クリントン家とブッシュ家の戦い再び」と予想されていたアメリカ大統領選挙。ところがふたを開けてみれば、ジェブ・ブッシュは伸び悩み、泡沫候補と思われていたドナルド・トランプがクリントン優勢の予想を覆して勝ち抜いた。彼の放つ数々の暴言は、身内の共和党からも批判されているにもかかわらず、旋風は吹きやまない。

一方、大統領から首相へ、そしてまた大統領へと返り咲いたロシアのウラジーミル・プーチン。敵対する人物が次々と不審な死を遂げるなど、冷酷な独裁者と非難する声も少なくないなか、不動の長期政権を確立している。

敵が多いにもかかわらず支持を集める2人。ホットなトランプと、クールなプーチン。タイプの異なる東西のワンマン的リーダーから学ぶものはなにか。内閣官房参与も務め、ダボス会議で数多くの世界の指導者と接してきた田坂広志さんにうかがった。

「大切なことは、カリスマ的なリーダーになるほど、言葉を超えたメッセージを発する力が重要だということです。トランプは身振り手振りが大きく派手ですが、あれは力強さを演出する基本的なスタイル。加えて、彼は言葉の<ため>がとてもうまい。スピーチは<ため>を覚えるだけで、相当上達します。普通の人は、正しいと思っていることをだらだらと話す。でも、トランプは『誰に金を出させる? ……それは決まっている!……メキシコにだっ!』とやるでしょう。十分に<ため>をつくり期待を高める。聴衆も次に発せられる言葉はわかっているのです。わかっているから『メキシコにだっ!』とトランプが叫んだ瞬間に、<そうだ、そうだ>とワーッと立ち上がって拍手する。話術としては実に見事。次に何を言うのだろうと聴衆の関心を引くことができれば、スピーチは8割方成功です。

聴衆が拍手し、沸き立つ時間もちゃんと計算している。その間は決して喋らない。そして、ポーズをとって<喋りますよ>というサインを出す。すると聴衆も、よし、静かに聞こうとなる」

会場の空気を指揮者のようにコントロールできているわけですね。

「あれは、アジテーションの技術です。すぐれた政治家は、アジテーションとスピーチをうまくミックスする。オバマ大統領はロジカルなスピーチも見事ですが、彼のキャッチフレーズ“We can change”は、どのようにして、何をチェンジするのか、何も説明していません。ただ“We can change”と叫ぶだけで、聴衆は熱狂する。その意味で、あれは一種のアジテーションです」

スピーチとアジテーションの違いはなんでしょうか?

「スピーチは、メッセージの中身で相手を説得するもの。エモーションよりもロジックに重点を置いたコミュニケーション。これがスピーチです。トランプはスピーチよりもアジテーションがうまい。演説を文章に書き起こしたら論理的ではないのですが、エモーショナルな情感に強く訴えかけるから、聴衆は共感し、興奮するわけです」

プーチンは全く逆の印象です。

「彼のスピーチはダボス会議でも間近に聞いていますが、それほどうまいというわけではない。彼はスピーチやアジテーションで勝負するタイプのリーダーではありません。クールで物静かな雰囲気でポーカーフェース。喜怒哀楽を顔に出さない。それが彼の強さや威厳の演出です。ある種の威圧感、怖いなと思わせるスタイルを意図的に発信しています。全然違うスタイルですが、2人とも言葉以外のメッセージの発し方が見事です」

実際のプーチンは?

「とても冗談好きな男です。マイクとかカメラが動いているときは仏頂面ですが、オフレコになったとたんに、ジョークは飛び出すし、笑顔も見せる。自分をきっちりと演出している。

プーチンの前の大統領はご存じのようにエリツィンです。エリツィンは大衆的人気がありましたがプーチンはエリツィンとは対極の、実務能力があって冷静な判断能力もあるリーダーを見事に演じ続けている。彼の経歴からすると、そのほうが絶対ハマります。KGBでエージェントとしての訓練をとことん受けているのですから」

大衆が求めるリーダー像は単純に一つではない?

「演出というのは、自分の中にいくつもの自分を育て、状況に応じて様々な人格を使い分ける多重人格のマネジメントができるということです。でも、状況に合わせて変えるだけでは、単なる無節操。これではリーダー失格です。切り替えるべきところは切り替えるが、そうでないときは自分のスタイルを貫く強さを持つ。プーチンから学ぶのはそこでしょう。ロシアが吹っ飛びそうな場面になってもあの雰囲気を通すと思いますよ。それができるのがトップリーダーだと思います」

俺についてこいという前に、リーダーはみんなが抱いている不満や怒り、望んでいるものを的確に読むことも必要になりますね。

「もちろんです。時代の背景、社会の雰囲気、空気を読み切るのがリーダーです。もともと政治家はその資質がないとできない。いくら政策に詳しくても、戦略が卓抜でも、それだけでは政治家にはなれない。大切なのは、大衆の気持ちを掴むこと。これがすべてです。政策や戦略は優秀なブレーンを集めればいい。けれども大衆に直接語りかけるコミュニケーションは、本人がやらなければならない。

ケネディ大統領時代のセオドア・ソレンセンみたいなスピーチライターが見事なスピーチ原稿を書いても、役者が大根だったら話になりません。極端な話、国民が注目しているのはリーダーの発言内容ではありません。人物を見ているのです。<俺たちの気持ちをわかっている><私たちを守ってくれる>という共感が得られるかどうか。政治家として最も肝心なところを2人は押さえているのです」

それにしても、トランプの暴言の数々がよくアメリカで受け入れられましたね。

「我々の心の中には、いくつもの人格がありますが、その中には社会的規範で抑圧している人格もある。例えば、人種差別の意識。民主主義の国で、それなりの教育が行われ、社会的規範がメディアも含めて浸透している環境であれば、人種差別はダメと理解しているのが常識。公式の場では絶対に差別的発言はしません」

建前的な制約ともいえますが、よりよい人格を目指したいと思いますからね。

「理性的に考えると排外的な意識はよくない。従って、成熟した国では、そうした意識を表に出さない。しかし、人間は理性だけで生きているわけではありません。トランプは、不法移民問題など複雑なものごとを単純化し、ストレートに話す。八方塞がりの行き詰まった時代の中で、抑圧していたものをズバッと解放してくれるところがカタルシスになって受けた」

トランプは正直だ。俺たちの不満をわかっていると。

「彼は、単に話術やボディーランゲージに長けているから人気が出たわけではありません。社会が求めている空気、その時代の雰囲気にマッチしたメッセージを発信しているから支持されたのです。これは考え抜いた戦略というよりも、一種の身体感覚でしょうね。

民衆にしてみれば、既成の政治家に過去何度も期待したけれど、口ばかりで解決してくれない。だったら徹底的にやってくれるアウトサイダーはいないか。そこでトランプに光が当たった。品がない、野卑、子供っぽいというのはわかったうえで、それでも何かやってくれる、とことんやってくれるのではないかという人々の期待感にうまく乗ったところがありますね。ただ、実際の大統領選挙になれば<よく言った>と熱狂していた人々も<ちょっと待てよ>と冷静になり、支持率が伸びないことは当然起こるわけです。トランプはここからが正念場。本当に優れた人物だったら<俺はリアリストでちゃんとやれるよ>と心憎いぐらいの演出の切り替えをするでしょう」

英国のEU離脱もそうですが、内向きになるエネルギーが強くなっています。

「英雄というのは、時代が求めるのですね。信長が活躍できたのは、世の中が荒れ果てて、天下統一を望む時代の空気があったからです。ヒトラーも、第一次大戦敗戦後、ドイツ国民が自信を喪失して、経済的にも惨憺たる状態だったからこそ現れた。

政治家が圧倒的な人気を得るためには、まず時代の状況という前提があり、かつ、その空気を感じ取る身体的直感を持ち、そして自分の個性を理解したうえで、時代が求める人物像を自己演出できること、それが求められるのですね」

【トランプ語録】
●「運命の転換にどのように対処するかが、勝者と敗者を分ける」
●「いったん負けることによって、勝つための新たな戦術が見えてくることがある」
●「経験と実績がない場合、エネルギーと情熱を売り込むべき」
●「心配するのは時間の無駄だ。心配は問題を解決しようとする私の邪魔になる」
●「仕事と遊びのバランスをとろうなどと思うな。それより仕事をもっと楽しいものにしろ」

1946年 ニューヨーク州クイーンズ生まれ
1968年 ペンシルべニア大学のビジネススクールを卒業。父親が経営するエリザベス・トランプ・アンド・サンに入社
1977年 チェコスロバキア出身のモデル、イヴァナと結婚
1983年 ニューヨーク五番街にトランプタワーを建設
1987年 『トランプ自伝ー不動産王にビジネスを学ぶ』を刊行
1988年 「プラザホテル」を4億ドルで買収。カジノ「タージマハル」も入手
1990年 90億ドルの負債を抱え破綻の危機に
1992年 2男1女をもうけるも、浮気が原因で離婚。慰謝料めぐって泥仕合
1993年 女優のマーラ・メイプルズと再婚
1995年[POINT!]経済誌「フォーブス」が選ぶアメリカのトップ企業400社に再びランクイン
1996年 ミス・ユニバース機構を買収
1999年 マーラと離婚。2人の間には娘が1人
2000年 共和党から改革党に鞍替えして大統領選に出馬するも敗退
2001年 一転、民主党に参加
2004年 自らホストを務めるテレビ番組「アプレンティス」放送開始。「お前はクビだ!」のセリフが流行語に
2005年 24歳年下のスロベニア出身のモデル、メラニアと再々婚
2009年 再び共和党に戻る
2011年 無所属になり大統領選挙に備えるが不出馬
2016年 共和党の大統領候補者指名を獲得する

【プーチン語録】
●「ソ連が恋しくない者には心(心臓)がない。ソ連に戻りたい者には脳がない」
●人を殺したことがあるか? の問いに「それは素手でという意味かね?」
●「どんな難しい問題でも友人同士の間では解決できると確信する」
●「中世のように、汚職する公務員は手を切り落としてしまえばいい」
●(地球温暖化のおかげで)「毛皮のコートを買う金も節約できる」

1952年 レニングラード(現・サンクトペテルブルク)生まれ
1970年 レニングラード大学入学、柔道に打ち込む
1975年 憧れのKGBに入省。諜報活動局に配属される
1983年 元客室乗務員の女子大生リュドミラと結婚
1985年 東ドイツに駐在。政治関係の情報を集める諜報活動に従事する
1989年 ベルリンの壁崩壊。東西ドイツ統一によりレニングラードへ戻る
1991年 ソ連崩壊。KGBを辞め、サンクトペテルブルク市副市長に就任
1996年 ロシア大統領府総務局次長としてモスクワに勤務
1998年 KGBの後身であるロシア保安庁(FSB)長官に就任
1999年 首相就任。第2次チェチェン紛争で陣頭指揮をとり、強いリーダーというイメージで国民の支持を獲得
2000年[POINT!]大統領選挙で当選。中央政府の権限を強化する政策を打ち出す
2004年[POINT!]70%以上の圧倒的な得票率で大統領選挙で再選
2005年 IMFからの債務を完済。国際的信用を取り戻すヨーロッパ柔道連盟名誉会長に就任
2006年[POINT!]プーチンを批判していた人物が次々と不審な死を遂げる
2007年 メドベージェフを後継指名し、翌年メドベージェフが大統領当選
2008年 メドベージェフの指名により首相に就任
2012年 大統領に復帰
2013年 30年間の結婚生活に終止符。2人の間には娘が2人
2016年 次期大統領選に再選された場合、2024年まで在任

----------

世界経済フォーラムGlobal Agenda Councilメンバー 田坂広志
東京大学卒業。工学博士(原子力工学)。米国シンクタンク勤務を経て、日本総合研究所の設立に参画。同社取締役を経て、現在フェロー。震災直後には内閣官房参与を務める。著書に『ダボス会議に見る世界のトップリーダーの話術』など。多摩大学大学院教授。

----------

(遠藤 成=文・構成)