最初に(笑)を使ったのは同級生のS山さんだった【こだま連載】

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【こだまの「誰も知らない思い出」 その1】

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 自身の“愛と堕落の半生”を、ユーモアを交えて綴った『夫のちんぽが入らない』(1月18日発売)が早くも話題の主婦こだま。

 彼女は閉鎖的な集落に生まれ、昔から人付き合いが苦手で友人もいない。赤面症がひどく、人とうまく話せなかったこだまはその日の出来事をノートに書いて満足するようになった。今はその延長でブログを続けている。

 家族、同級生、教員時代の教え子、相部屋の患者。当連載は、こだまが、うまくいかないことだらけの中で出会った、誰も知らない人たちについての記録である。
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◆S山さんの逆襲

 文明の発達していない我が集落で最初に(笑)を使用したのは同級生のS山さんだった。まだインターネットも携帯も普及していない時代である。『りぼん』の読者だった私は、岡田あーみん先生をはじめとする漫画家が(笑)を使用しているのを見て、これは面白い人だけに許可される特別な記号なのだと思っていた。

 だから小学校の卒業文集でS山さんが2行に1回のペースで(笑)を使っているのを目撃した瞬間、鳥肌が立った。ぞわっときた。

「修学旅行の思い出」という作文だった。S山さんはクラスの女子から仲間外れにされていて、絶対に笑う余裕なんてなかったはずなのに、文中では実によく笑っていた。S山さんの鉛筆は常時バッキバキに折られていたが、彼女もいじめグループの女子達の教科書を燃やしたり、焼却炉に上履きを放り込むなどして果敢に反撃していた。S山さんは主に火を使った。とてもワイルドな人だ。S山さんやるなあと思った。

 修学旅行のグループ分けは、S山さんがどこに入るかでかなり揉めた。グループを決定する日、いつものように登校すると私の靴箱の中に紙切れが一枚入っていた。

「一緒のグループにして下さい。お願いします。お願いします。お願いします。このことは絶対誰にも言わないで下さい」

 かなり難易度の高いS山さんからの手紙だった。

 私もS山さんに負けず劣らず友達がいなかったけれど、大人しく班長を引き受けて役を全うしようとする性格だったので「便利な人」として誘われることが多かった。強気な女子グループのボスとどうやって交渉したのかよく覚えていないが、私を入れるならS山さんも、などと言って口下手なりにお願いしたのだと思う。晴れて同じグループになったものの、特に旅を楽しんでいるようには見えなかったS山さんだが、作文の中では実によく笑っていた。いや、嗤(わら)っていたのか。

 中学ではS山さんと別のクラスになった。彼女は男子から容姿をからかわれるようになり、さらに孤独を極めていた。彼女の唇は分厚く、かなり前方に突き出ていたので「ダックS山」という芸人みたいなあだ名で呼ばれていた。生粋のアヒル口だった。生まれる時代が少し早すぎたのだ。

 中学を卒業してからは一度も会っていない。成人式にも来なかった。当然だ。こんな集落のことなんて忘れたいに決まっている。暗い過去を封印し、どこか遠い街でひっそり暮らしているのだろうと思っていた。

 先日、実家で十数年ぶりにS山さんの名前を耳にした。母の話によると、彼女は目と唇と顎を整形してタイ人風の派手な顔に生まれ変わり、かつて自分をいじめた女子から男を奪い取っては捨て、奪い取っては捨てる愛欲の亡者と化したらしい。

 その姿は教科書をためらいなく火の中に放り投げる少女と重なった。またしても「やるなあ」と思った。S山さんは闘い続けていた。ファイターS山だ。その方法が正しいかわからない。でも気が済むまでやってしまえと思う。

 ふと、おまえはどうなんだ、昔からずっと見ているだけじゃないか、とダックS山に問われているような気がした。

※当連載は、同人誌『なし水』に寄稿したエッセイ、並びにブログ本『塩で揉む』に収録した文章を加筆修正したものです。

<TEXT/こだま>