■熊谷紗希インタビュー「リヨン編」

 2016年――なでしこジャパンにとっては、リオデジャネイロオリンピック出場を逃し、また新生なでしこジャパンとしての一歩を踏み出すという1年だった。その中でも熊谷紗希はヨーロッパの地で揉まれ、着実に成長を重ねている。

 2008年の北京オリンピックでは、高校生ながらバックアップメンバーに名を連ね、その後なでしこジャパンに定着。2011年のドイツワールドカップではセンターバック(CB)として世界一に貢献した。2012年ロンドンオリンピックで日本サッカー史上初となる銀メダルを獲得し、2015年カナダワールドカップで準優勝と日本女子サッカー躍進のど真ん中に熊谷はいた。

 2011年に自らの力を高めようと、弱冠20歳でヨーロッパへ挑んだ熊谷は、世界最高峰のチームの主力として6シーズン目を迎えている。熊谷の目に映る"今"と"これから"はどんな風景なのだろうか。

「今までにないくらいの充実感と興奮があったシーズンでした」

 開口一番、まさに充足感満載の表情で2015-16シーズンを振り返った熊谷。それもそのはず。2011年に1.FFCフランクフルトへ入団、その2年後にはフランスの強豪であるオリンピック・リヨンへ移籍を果たした熊谷は、昨年のチャンピオンズリーグ(CL)で優勝を勝ち取り、さらに自身初となるMVPを獲得する活躍を見せた。

 リヨン自体もリーグ戦、カップ戦、CLの3冠を達成、まさに黄金期を迎えようとしている。今でこそ、リヨンはフランス代表の宝庫であり、各国の代表選手で構成されているスター軍団だが、熊谷が移籍した当初はそこまでのチームに成長する一歩前の時期だった。

「フランクフルト1年目のときに、CL決勝でリヨンと戦って、0−2で負けたんですよ。リヨンには一つひとつのプレーにうまさがあった。私はまさかそのリヨンからオファーがあるなんて思ってなかったから......」

 決してフランクフルトでの2年が充実していなかったわけではない。しかし、慣れ親しんだ環境の中で3年目を迎える自分の姿が少し見えてしまったのだという。そして何より、リヨンというチームへの興味が膨らんでいた。

「フランクフルトは本当に過ごしやすい街ではあったけど、私はサッカー選手だし、そこで迷う意味ってあるのかなって思いました。『ちょっと一発行ってみようかな』と。私が入った1年目のリヨンは、フランス代表もそんなにいなくて、2年目、3年目くらいからチームメイトが選ばれて、フランス代表がグングン伸びていった。当初はそこまでの強さじゃなかった。だから行けたのかも(笑)」

 チームとともに熊谷も経験を重ねたことで、2015-16シーズンは向かうところ敵なし、大興奮の嵐となった。2016-17シーズンに突入した現在は、もう一度あの興奮を手にしたいと挑んでいる最中だ。だからこそ今が一番充実しているのだろう。彼女が重ねてきた6シーズンが実を結ぶ日々を実感している。

「1対1の力は伸びたと思います。日本はどちらかというと"抜かれない守備"をする。でも海外は"奪う守備"をするんです。奪えないと使ってもらえない。で、試行錯誤を繰り返すうちに奪えるようになる。そこが海外で自分が成長したところだと思います」

 ドイツで体得し、リヨンで磨きがかかった熊谷のプレー。今、彼女はボランチの面白みにハマっているという。

「切り替わった瞬間にボールが取れたときが一番楽しい! ボランチってボールの読みとか予測が一番できるところじゃないですか。CBだとやっぱりリスク管理が優先されるから、それこそ"奪う"守備ができないときも多い。私はやっぱり奪いにいきたいんです。今、リヨンの練習でやられることなんて多々あるし、そうやってやられていく中で、次はどうやってやられないようにしようかな、どう対応しようかなって、日々の練習で成長しているのが実感できるんです」

 各国の代表選手が集結するリヨンは、世界最強の紅白戦を組むことができる。毎日が国際試合のような贅沢な環境に、熊谷は主力として立つことを許されている。彼女特有の分析力と探求心、ケガに見舞われない強靭な身体、そして何より細かいことをクヨクヨしない天真爛漫な性格が、自身の成長を大きく後押ししている。

「ボールを回していてもスピードとか、リズムを変えるのはすごく大事じゃないですか。そこでのダイレクトパスは重要で、ダイレクトで入った縦パスっていうのは大体決まる。自分の出したパスを受けた人が、いかに時間とスペースを持ってプレーできるかっていうのを常々意識しています」

 そうしたプレーが試合でも度々出せるようになってきた今シーズン、同僚も熊谷の存在を認め始めた。

「最近は私が持ったらボールが出てくると思って、FWが来てくれるようになりました。今まではそこまで認められてなかったんでしょうね。私の強みを理解して、周りがそれを生かそうとしてくれていることを今はすごく感じます」

 サッカーがチームスポーツであることを実感するのはこういう瞬間なのかもしれない。

「リヨンに来て、一つひとつの質がすごく変わったと思う。自分のスピードとかは変わってないけど、プレースピードは変わった。すごく余裕があるんです。今が一番楽しいですね」

 リヨンはさらに選手の補強に乗り出した。アメリカ代表のアレックス・モーガンを獲得したのだ。なでしこジャパンでは、熊谷もこのモーガンには何度もやられている。

「代表選手いすぎですよね(苦笑)。選手が23人いて、ベンチには16人しか入れない。そこで戦って出られるのかっていう不安はありません。でも、一体どんなチームになるの? というのはあります。選手獲得がチームにとっていい変化になればいいんですけど......でも、このメンツでハマったらすごいチームができるっていうこと。これ以上のチームは見当たらないくらい。次のワールドカップの開催地はフランスですしね。楽しみですよ!」

 そんな熊谷には、残り半分となった2016-17シーズンで密かな野望がある。

「2016年最後の試合をパリに負けたんです。それがサッカーなんですけど、チームとして何もできなかったわけではないし、ただただチャンスをスコアにできなかった。ボランチになって、自分も点を取ることを意識しているんですけど、ボックスの中でどれだけ仕事ができるかが勝負。ボランチだから、攻守ともにゴールに遠いところにいるけど、だからこそ何ができるかを意識しています。

 残りのシーズンはその精度を上げて、自分自身を"スコアできる人"なんだと、監督やチームメイトに認識させたい。今はまだその部分では認識されてないというか......私のよさをそこだと思ってないから。でも、よさなんていくつでも増やせばいいんだし、スコアもできるんだって思わせたいです!」

 世界トップクラスの人材の宝庫となったリヨンで、がむしゃらにサッカーに打ち込む熊谷。ピッチではあらゆる局面で化学反応が起きる。それを全身に浴びながら、時に自らその反応を誘発することもある。そのすべてをひとつ残らず体に刻みつけようとする彼女は、今もなお生粋のチャレンジャーとしてサッカーに向き合っているからこそ、心からサッカーを楽しみ、苦労を吹き飛ばす日々を送ることができるのだろう。熊谷がスコアラーとしての強さを見せる日もそう遠くはないはずだ。

早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko