「試合後にネット際でアンディと握手するとき、思わずふたりして笑ってしまったんだ。シーズンの始まりで、いきなりコレだからね。今季、すべての試合がこんな内容になったら、えらいことになるなって」

 苦笑いとともに口にした勝者の言葉に、この一戦の持つ意味合いが、そして今季のテニス界の展望への予感が、すべて詰まっているようだった。

 2017年の開幕戦となる「カタール・オープン」決勝戦――。高層ビルに覆われる砂漠の町をシーズン始まりの地に選んだノバク・ジョコビッチ(セルビア)とアンディ・マリー(イギリス)は、多くの人々が予想したとおり決勝に勝ち進み、ファンが期待したとおり3時間近くに及ぶ白熱の死闘を繰り広げた。

 両者の執念が激しく拮抗する展開から先に抜け出し、第2セットでマッチポイントを握ったのは、ジョコビッチだ。しかし、マリーの驚異的なコートカバー能力が、そして立て続けにウイナーを奪うバックの強打が、簡単な結末を拒絶する。3本のマッチポイントをしのいだマリーは両手を振り上げ声援をあおり、ジョコビッチはラケットを叩きつけて悔しがる。4ゲーム連取でマリーが第2セットを奪ったとき、試合の趨勢(すうせい)は完全に入れ換わったかに思われた。

 しかし、マリーが第3セットの第6ゲームでブレークポイントを逃したとき、ふたたび流れは大きく変わる。ライバルが見せた微(かす)かな落胆を見逃すことなく、ジョコビッチは続くゲームをブレーク。「まるで自分の分身と戦っているようだ」とジョコビッチが言うほどに、プレースタイルが似通い、ともに鉄壁の守備を誇る両雄の戦いは、試合開始から2時間54分後、ジョコビッチの強打でようやく終止符が打たれた。

 男子テニス界は昨季終盤、ここ数年のそれとは異なる様相を見せてきた。長くテニス界を統(す)べたロジャー・フェデラー(スイス)とラファエル・ナダル(スペイン)がケガでツアーを離れ、絶対的な強さを誇ったジョコビッチも6月の全仏オープン優勝以降はやや失速。代わって世界ランキング1位に座したのがマリーであり、さらにはミロシュ・ラオニッチ(カナダ)や錦織圭、そしてマリン・チリッチ(クロアチア)ら25〜27歳の選手たちが激しい追い上げを見せた。

 変革期に差しかかったテニス界は、新しいことが起きそうな期待と予感に満ちている。同時にランキングが示すように、マリーとジョコビッチが頭ひとつ抜け出し、後続の挑戦を跳ね返し続ける現状もある。

 その意味でも、年が明けると同時に「ふたつの地」で行なわれた「ふたつの開幕戦」は、今季を占ううえで象徴的な内容だった。

 カタール・オープンでは、ジョコビッチとマリーが他の試合とは明らかに次元の異なる死闘を演じた。同時期に行なわれたブリスベン国際では、錦織がスタン・ワウリンカ(スイス)を、ラオニッチがナダルを破り、最終的には"次期王者候補"と目されてきたグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)が錦織を破って大会を制す。ふたつの大会は、見なれた光景と新鮮な風を、今季の勢力予想図上に映し出した。

 カタール・オープンを制し、「これ以上は望めない最高のスタートを切れた」と笑うジョコビッチは、今季の展望やライバルたちの動向について問われると、次のように答えている。

「テニス界はふたりのレジェンド(フェデラー&ナダル)が戻ってくるのを楽しみにしているし、それは僕も同様だ。彼らふたりにアンディ、そしてワウリンカを加えた5人は、いつもグランドスラムを争ってきた。彼らと今年も競い合っていくのが楽しみだ」

 また、複数のグランドスラムタイトルを持つこの5選手に対抗しうる存在として、ジョコビッチが真っ先に名を挙げたのが、錦織である。

「錦織が誰に勝っても驚くことはない。彼はどの選手にも勝つ力がある。去年の全米オープンでアンディを破り、そのことを証明している」と言い、来る全豪オープンの優勝候補のひとりにも数えた。

 一方、決勝でジョコビッチに敗れたマリーも、仕上がりには自信を深めている様子だ。

「3時間戦ったあとなのに、身体の状態はいい。とてもいい兆候だと思う」と満足そうな表情を見せ、全豪オープンまでに細かい技術や戦術面を調整していくつもりだと言った。

 錦織世代たちの追い上げにより、テニス界は確実に動きつつある。だが、多くの栄光を手にしてなお飢餓感を抱くマリーとジョコビッチの双璧が、今季も挑戦者たちの前に高くそびえるのは間違いない。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki