アメリカのバラク・オバマ大統領が2期8年の任期を終え、1月20日に退任する。「オバマ時代」とは何だったのか? 本稿では3つの観点から振り返ってみたい。

(1)“歴史的な大統領”

「バラク・オバマ」という名前は間違いなく、アメリカの政治史に残る。

 まず、そもそもオバマは「ガラスの天井」(「みえない壁」)を破り去った人物である。能力や資質、経験が十分な人物が、当然、処遇されるべき地位を与えられない場合に使うこの言葉は、ヒラリー・クリントンが女性初の大統領の可能性があった2016年大統領選挙で日本でもよく知られるようになった。しかし、そもそも女性よりもアフリカ系発、非白人初の大統領職の“壁”の方が当然厚かった。2008年の大統領当選そのものがアメリカの政治の新しい時代を切り開いた。その“壁”を破っただけでなく、4年後には再選も果たし、2期もの長い間、大統領として政策運営を行った。それだけでもオバマは「歴史的な大統領」である。

 また、オバマ大統領は「リーマンショックからアメリカを救った」という意味でも歴史に残る。

 この8年間は景気回復の8年でもあった。2008年大統領選挙直前に起こったリーマンショック以後の経済危機で、失業率は政権発足最初の2年半は9%台まで上がっていった。しかし、その後徐々に下がり、最後の2016年の1年間はほぼ4%台まで落ち着いていった。2016年11月には4.6%と9年前ぶりの低い水準となっている。非農業分野の就業者数も2010年10月から75カ月連続で増加しており、史上最長となっている。

 雇用が増えると同時に、落ち込んだ世帯収入の中央値も急上昇し、現在はリーマンショック以前の段階にまで戻っている。所得格差を示すジニ係数はオバマ政権の8年間で徐々に高くなり、格差は広がっていったものの、そもそもアメリカのジニ係数は1960年代からほぼ右肩上がりで上がり続けている。オバマ政権はその勢いを止めることまではできなかったものの、新しい移民が流入する移民国家では格差の広がりはどうしても避けられないところもある。

(2)分かれる評価

 そんな“歴史的な大統領”については、大きく評価が分かれている。ギャラップによるとオバマ大統領の支持率は当初こそ70%近かったが、政権発足後1年もたたないうちに5割を割ることも多くなっていった。その後7年間は上下し、2016年終盤から上向きだしているものの、ほぼ50%前後で推移してきた。

 ただ、問題はその7年間の数字の構成である。民主党支持者はこの期間でほぼ8割強が支持し、一方、共和党支持者からの支持は1割台を割る月も多かった。このように、オバマ政権の8年は政治的分極化が進み、世論は過去にないほど保守とリベラルの両極に分かれていった。

 リベラル派にとって、オバマは「最高」の大統領だったが、保守派には「最低」の大統領だった。

 上述の景気回復については、共和党支持者からは「なぜもっと早くできなかったのか」「財政出動で赤字を増やす以外に景気回復策はなかったのか」ということになる。オバマが2008年の選挙戦でずっと雄弁に訴えていた「一つの米国」ではなく、当選後は国民をさらに分裂させてしまったのは皮肉である。

 オバマ政権の8年はこの政治的分極化のため、大統領と議会との関係も複雑だった。議会において、共和党と民主党が真っ二つに分かれ、政策運営に大きな制約があった。民主党が上下両院で多数派だったオバマ政権最初の2年間だけは数にものを言わせて、大型景気刺激策、ウォール街規制強化(ドット・フランク法)、医療保険改革(オバマケア)という、アメリカの政治史に残るような3つの画期的な政策をまとめた。しかし、国内的なレガシーはこの3つぐらいであり、共和党が下院多数派の多数派を奪還した2011年以降の6年間は実質的には「レームダック」だった。

 このような分極化の中で、もし、オバマ大統領に本人以上の政治的な才能があったとしてもなかなかうまくいかなかったと想像される。その点、個人的には同情する部分も多い。議会の共和党側が反対し、全く動かない中、移民法改革などを「大統領令」という小手先で行うにはやはり限界があった。最後まで叶わなかった最初の公約の1つであるグアンタナモ収容所の閉鎖も、収容者をどこに移すかで国内問題化したのが響いた。

 外交ではオサマ・ビン・ラディンの殺害、イラン核合意、キューバ国交正常化の3つがレガシーとして残るが、2013年夏のシリア・アサド政権への介入を見送って以降の中東の大混乱は大きな負の遺産として残ってしまった。ただ、議会の反対や介入長期化の問題を考えると正解答案はなかったかもしれない。TPPも結局まとまらなかった。「核なき世界」など、力強いメッセージを内外に向けて発したが、これは最初から現実的ではなかった。

(3)オバマの「コインの裏側」であるトランプ

 トランプ次期大統領はオバマ大統領のコインの裏側である。多様な民族や文化を受け入れながら成熟してきたアメリカの象徴がオバマなら、これまで中核を担ったものの、存在感が低下している白人を代弁するトランプ。

 洗練された知識人・エリートのイメージのオバマ大統領と荒っぽい言動で知られる庶民派のトランプ(ただ、実際はインテリではある)。

 リベラル層、とくに知識人から支持されるオバマ大統領と、保守層、特にブルーカラー層から支持されるトランプ。いろいろな点で対照的である。

 2008年の大統領選挙の際に、「オバマはアメリカ生まれではないため、大統領にはなれない」という「バーサー運動」に火をつけたのがトランプだった。この運動は荒唐無稽な話だが、「オバマの対極」としてのトランプの知名度も高まった部分も少なからずある。分極化を背景にして、オバマ大統領がなければトランプの当選もなかったかもしれない。その意味で将来の歴史家はこの2人をペアで論じるかもしれない。

 トランプ次期政権でも、リベラル派と保守の分極化はさらに進むと考えられる。ただ、議会の共和党内にもトランプ次期大統領についていけない部分も少なくない。メキシコ国境の壁建設に代表されるような財政出動は「小さな政府」を志向する層は反発するであろうし、ムスリム入国拒否や人道的にも問題である。そうなると、共和党と民主党が協力・妥協してトランプ大統領と対抗するような、20年ほど前には当たり前だった「議会対大統領」の構図が戻ってくるかもしれない。

 民主党と共和党の歩み寄りも頻繁にみられるかもしれない。その結果、時間はかかるがその中で世論の分極化も次第に目立たなくなっていく可能性もある。“壊し屋”であるトランプが、オバマの時代が大きくしてしまった国民の分極化を解消するということになれば、何と皮肉なことだろうか。

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筆者:前嶋 和弘