昨年は日露を巡る諸問題が我が国の政治報道においてかなり沸騰するという、珍しい年であった。

 その沸騰状態は12月15日の首脳会談が終わると、これまたあっという間に冷水に戻ってしまった感があるが、この首脳会談が意味のないお祭り騒ぎだったかと言えば、そうとも言えないと筆者は考えている。

 本来ならもっと詳細が報道されてよいテーマだと思う。実際、水面下において日露はいくつかの経済協定を、首脳会談の日程に合わせるべく急ぎ締結している。

 1つ例に挙げたいのは畜産分野での日露合意である。

畜産分野は着実な進展

 牛肉、豚肉のロシアにおける最大手の製造者であるミラトルグ社が自身のホームページに掲載したニュースリリースはこうだ。 

 「カリーニングラード発12月14日:ロシア最大の牛肉、豚肉生産業者であるミラトルグ社は、日本への肉加工品の輸出許可を日本検疫当局から取得した」

 筆者が少しつけ加えるなら、ミラトルグ社のブリャンスクとベルゴロドにある農場で生産された精肉をカリーニングラードのミラトルグ・ウェスト社で、ハンバーグやナゲットなどの冷凍製品に加工したものを、日本へ輸出することに我が国農林水産省の認可が下りた、ということである。

 もっとも、正式認可はいまだ降りておらず、2月中旬の認可予定ということなのだが、ロシア側はすでに舞い上がっている。

 本件については我々日本人から見ても、主管官庁である農林水産省の動きは速かった。

 日本側検疫検査官が10月に現地を訪問し、その2か月後には認可下付の方針が出たということは、12月の首脳会談を見越した異例の対応だったと思わざるを得ない。

 この後、実際にロシア産加工肉が日本に輸出されるまでには、細かいルールの制定が必要で、それにはまだ2か月ほど時間がかかるとみられているが、それでも今年春にはロシア産加工肉が日本の市場に登場するのは、まず確実と思われる。

 これが首脳会談の副産物でなくて、何であろうか。

 ところで、ミラトルグ社と言えば、過日の拙稿でも触れたことがあるが、日本航空のモスクワ〜成田線ビジネスクラスにアンガスビーフのステーキ肉を提供している企業である。

 日本航空では乗客からの好評を受け、本年3月からの春メニューにもこのステーキの採用を決めた。

日本でステーキレストランも

 ミラトルグ社としては、自社牧場で肥育したブラックアンガスビーフ肉をチルドの状態で日本に輸出することを最終目標としている。

 それまでの間は各種方法で、日本の消費者にロシア産牛肉や豚肉、鶏肉の味をしっかり焼きつけたいと考えており、日本航空の機内食採用は彼らを大変勇気づけた。

 さらには日本でステーキレストランをオープンすることも計画しており、「すでに海外でレストランを経営しているノビコフグループ社と共同経営の検討を進めている」とミラトルグ社海外担当役員のニキーチン副社長は述べている。

 ミラトルグ社の怖いところは、この企業の後ろにロシア政府の影が見え隠れしていて、許認可問題から価格問題まで、この会社のからむ問題はあっという間に政治が解決してしまうところにある。

 筆者のモスクワのアパートの近くにミラトルグ社が経営するスーパーマーケットがある。ある時、「同社のブラックアンガス肉は庶民の購入限度を超えた高額商品だという批判がロシア農業監督署に対して持ち込まれた」という新聞報道があった。

 なんとその翌日には、スーパー店頭では肉類50%引きというチラシがまかれ、我々は喜びながらも複雑な思いに駆り立てられたものだった。

 次は昨年5月6日のソチにおける日露首脳会談で安倍晋三首相より開示された対露経済分野8項目協力プラン提案について。

 日露貿易の関係者はこの8項目プランの実現について大いに関心を持っている。特に中小企業による経済案件の推進については、それをどのように進めるのか、疑問を抱きながらも政府の動きを見てきた。

 それが11月になって突然、経済産業省とジェトロ(日本貿易振興機構)から「ロシア展開支援事業」という形で具体的プランの募集とその実現に参加する専門家の募集があった。

 専門家10人を年末までに決定し、2017年1月から実際にプラン提案者との打ち合わせに入る予定だ。

急速に増え始める人的交流

 ここで対象となる案件は、日露の中小企業によって組み立てられ実行される比較的小型の貿易案件であって、必ずしも日露間の経済協力案件の中に数えられるようなものではない。

 しかし、日露間における人的交流の機会を増やすことで、お互いの経済の構造についてより詳しく知るようになるメリットは無視できない。

 また、ロシア側中小企業者の経済知識を洗練されたものにするためには、日本側金融機関による各種セミナーのロシア現地開催なども同時に期待されている。

 本件も12月の首脳会談を目指して、経済産業省側が具体化を急いだのは間違いなく、これも首脳会談の副産物ということができるだろう。

 また、報道されること自体が少ないが、東京で首脳会談があった12月16日に外務省から発表された訪日ロシア人の観光ビザのマルチ化。

 これまで、観光というカテゴリーでは来日ごとに1次ビザを申請取得しなければならなかったが、これが本年1月1日より、観光ビザでも3年間のマルチビザが取得できることになった。

 観光でも業務でも、ロシア人の訪日者というのはかなり固定していて、リピーターが多い。今回の措置はそのような人々には大変歓迎されることだろう。

 この外務省の措置も、外務省自身がホームページに書いているように、「今般のプーチンロシア大統領の訪日を機会に」決定されたものであって、首脳会談の影響は、やはり計り知れぬ影響を持つと言える。

 ところで、観光で訪日するロシア人の若い世代の人たちには、民泊サイト「Airbnb」が大流行している。ホテルは利用せず、ロシア出発前にインターネットで予約した民泊施設に泊まるのだ。

日本の遅れが目立つ「民泊」

 11月中旬、当社ではモスクワスタッフとの年1回の合同会議を東京で行ったが、その際に彼らはAirbnbを利用、非常に便利だったという。

 「でもね、利用した東京も大阪も、集金に現れた民泊施設の家主は中国人だったの」とのことで、「日本人がもっと頑張らなきゃねえ」と言う。

 日本政府がいくらマルチの観光ビザを出すようになっても、民泊を利用する観光客が増える限り、日本側宿泊施設にロシア人観光客の金は落ちない、と言うのだ。

 年頭の挨拶で、安倍首相は2017年も引き続きウラジーミル・プーチン大統領との首脳会談を目指して訪露する決意を述べている。

 首脳会談では必ず経済案件は動く。

 この事実を忘れることなく、我々日露経済関係者も政府の動きをしっかりと見つめ、自分の仕事を固めていきたいと思う。

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筆者:菅原 信夫