スペースワールド(「Wikipedia」より)

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 新日鉄住金の多角化事業の象徴が解体される。2016年12月16日、福岡県北九州市のテーマパーク「スペースワールド」は17年12月末に閉園すると発表した。同園は新日本製鉄(現・新日鉄住金)八幡製鉄所の遊休地に1990年4月に開業したテーマパークだが、営業開始から四半世紀超で幕を閉じる。アトラクション施設は閉園後に取り壊す。

 スペースワールドは16年11月、5000匹の魚を氷漬けにしたスケートリンクを製作し、過激な広告も相まって、インターネット上を中心に「かわいそう」「命を冒涜している」などと猛批判にさらされ、営業の一時中止に追い込まれたことで全国的に注目を浴びた。

 スペースワールドの運営会社は閉園について、「経営難が理由ではない」と説明した。16年12年17日付西日本新聞は、「土地を所有する新日鉄住金と、園内にあるアトラクションのなどを所有する同園側が、土地の賃貸をめぐる条件交渉で折り合いが付かなかったことが一因」と報じた。

 16年8月に閉園を決定。従業員計100人の雇用は、同園を運営する加森観光グループ企業への転職などによってすべて守るとしている。

 新日鉄住金八幡製鉄所の広報担当者は、「北九州市と協議しながら新たな賃貸先を探していきたい」とコメントした。新日鉄住金は、多角化事業のシンボルだったテーマパークから撤退する。

●スペースワールドは新日鉄住金の目玉事業

「鉄は国家なり」と豪語していた日本の鉄鋼業は、85年に鉄鋼不況に突入した。これ以降、長きにわたって出口が見えない冬の時代を迎える。日本の製鉄業の盟主である新日鉄住金は成長分野に活路を求め、エレクトロニクス、情報通信、都市開発、生活関連事業などの新規分野に進出した。

 87年にライフサービス事業部を新設。その目玉がスペースワールドだった。当時の斉藤裕社長が積極的に推進し、同園は“斉藤プロジェクト”と呼ばれた。

 88年7月に資本金20億円で株式会社スペースワールドを設立し、90年4月に新日鉄八幡製鉄所の遊休地に開業した。総面積は24万平方メートルにわたり、宇宙をテーマにしたテーマパークでスペースシャトル「ディスカバリー号」の実物大モデルを設置した。

 総事業費は380億円で、年間入場者数200万人を想定した。入場者数は97年に216万人を記録したが、その後は次第に集客が低迷。14年3月期に累積赤字は331億円に膨れ上がった。

 新日鉄住金は子会社で運営することを断念し、05年5月にスペースワールドの民事再生法を申請した。負債総額は350億円で、資本金20億円は100%減資し、新日鉄住金が負債など損失をすべてかぶった。

 そして05年7月、営業権をリゾート運営会社の加森観光に譲渡。スペースワールドの新しい資本金は1000万円で、加森観光の完全子会社として再出発した。

●「リゾート再建王」の手腕

 加森観光は、加森勝雄氏が53年に設立した加森産業が前身である。貸ビル業から観光業に事業を拡大し、登別温泉ケーブル、のぼりべつクマ牧場を開業。81年にルスツリゾート経営のため、登別温泉ケーブルの全額出資により加森観光を設立した。

 92年、学習院大学経済学部卒の加森公人氏が父の後を継いで加森観光の社長に就いた。小さなクマ牧場を足がかりに「リゾート再建王」へと駆け上がっていった。90年代後半から、経営に行き詰まったリゾートの買収や運営委託を積極的に進めた。

 仙台の不動産会社、関兵精麦が開発を進めた北海道占冠村のアルファリゾート・トマム、セゾングループ傘下の西洋環境開発がフランスの地中海クラブと提携して開発した北海道新得町のサホロリゾート、リクルート創業者の江副浩正氏が心血を注いだ岩手県の安比高原スキー場と盛岡グランドホテルを経営する岩手ホテルリゾートなどを傘下に収めた。

 買収にはカネをかけず、それぞれの施設で働いていた従業員も解雇しない。それなのに、公人氏が手に入れると、なぜかそのリゾートは再生する。多くの破綻した観光地を再生させたとして公人氏は、国土交通省から観光カリスマに選ばれた。

 だが、加森観光グループの全体像は謎に包まれている。非上場のため、売り上げや利益などの財務内容は公開していない。ホームページによると、資本金は8億1866万円。ルスツリゾートを中心に28のスキー場、ゴルフ場、遊園地、ホテルなどを運営している。

●閉園の真相は……

 そんな加森観光が、新日鉄住金からスペースワールドの運営を受託した。08年には、年間フリーパスの大幅値下げやプールなどの新規施設の開業により来場者は11年ぶりに増加に転じ、12年には164万人に達した。だが、その後なぜか入場者数の公表を止めた。

 今回、閉園にあたりメディアに対して「09年度からは黒字が続き、15年度は経営を請け負ってから最高益だった」(西日本新聞記事より)と述べている。スペースワールドが閉園に追い込まれたのは、土地を保有する新日鉄住金との賃貸契約更新が不調に終わったからとされている。

 一般的に、経営破綻したリゾート施設の運営を任せる場合は、破格の優遇措置を取ることが多い。長崎県佐世保市のリゾート施設、ハウステンボスを旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)に譲渡した時が、その典型例だ。

 旧ハウステンボスの債権は、銀行や地元企業らの債権者が放棄し、債務ゼロの状態でHISが引き受けた。さらに、佐世保市から固定資産税額に相当する再生支援交付金を10年間受け取れることになった。固定資産税を実質ゼロにする優遇措置だ。ハウステンボスは短期間で黒字に転換し、再生支援交付金を返上した。

 スペースワールドも同様に、スペースワールド社の債務は新日鉄住金が引き受け、借金ゼロの状態で加森観光が引き受けた。土地の使用に関する契約内容は公開されていないが、通常は、再建が軌道に乗るまでは無償か、無償に近いかたちになるため、スペースワールドも同様だったと考えられる。

 しかし、営業権譲渡から10年たち、契約の更新期を迎えるにあたり、新日鉄住金は相場での賃貸契約の更新を求めたが、土地の賃貸価格が上がれば赤字になることから加森観光が難色を示し、交渉が決裂して閉園することになったのではないかという見方が強い。

 新日鉄住金は、利益に結びつく新たな賃貸先を探すとしているが、地元の北九州市は今後の土地の有効利用について、「市の活性化、雇用確保につながるものにしてほしい」と要請している。

 スペースワールドにピリオドを打つのが、あまりに遅過ぎたとの批判は多い。地元の反発を恐れて、経済原則を貫き通せなかったことが原因との辛辣な見方もある。
(文=編集部)