「N女」とは、ハイスペック(高職歴・高収入)を捨てて、社会課題を解決するソーシャルセクター(NPO・NGO)へ転職する女性のこと。そんなN女たちの多様な職業観や価値観を取材した、ノンフィクション作家・中村安希さんの『N女の研究』(フィルムアート社)が話題です。転職後も結婚、出産といったライフイベントに揺れながらも、型にはまらない選択を重ねるN女たちの事情に迫ります。

年収約500万円ダウンでも、NPOやNGOへ転職

──『N女の研究』は、外資系企業を渡り歩いてきたという中村さんの親友が、高収入のIT業界を辞めて非営利業界へ退職する話から始まっています。中村さんは本気で止めていらっしゃいましたね。

当時、彼女は高収入で、住んでいるところも家賃の高い都内のマンションだったんです。なのに、それを捨てて非営利団体に転職したいって言うから、もうびっくりして。

彼女だけでなく、自分のまわりでNPO法人などの非営利業界へ転職する女性たちが現れ始めていて、それをすごく新鮮に感じていました。みんなバリバリに仕事で活躍しながら、平均で750万円くらいの年収を得ている人たち。それなのに年収300万円以下とも言われる業界へ移るということは、今まであまりなかったというか、変わっていて興味深いと思いました。

─それは、「大変な就職氷河期を乗り越えて入ったのに」という意味もあるのですか?

そうですよね。大変な時代に社会に出てきて、やっと就職ができて、しかもいい会社に就職できたのになぜ?と。少し上の先輩の世代にもあまり見られなかったので、「何かあったのかな」と感じていました。

N女たちがつくった、キャリア女子の新しい定義

──しかも、それまで築き上げてきたキャリアは、並々ならない努力もあってのものなのかなと思います。何か大きなきっかけがあったのでしょうか。

いろいろありますが、リーマンショックや東日本大震災が続き、社会的にすごく大変な時代だったのだと思います。苦しい立場に立たされる人が増えて、そのときに、いろいろなかたちで社会問題に取り組もうとする人たちが出始めた。

自分の人生と向き合おうとする人、今自分がやっている仕事について「本当に今のままでいいのかな」と考える人が増えてきました。同時に、仕事を辞めて飛び込んじゃうみたいな人たちも結構いたのかなという気もします。私の親友もその一人ですね。

──大変なことが続いて、人の役に立ちたいという想いと一緒に、自分が本来求めている生き方を実現しようと行動に出たということでしょうか。

自分がそれまでに培った経験やスキル使って、よりダイレクトな形で社会課題と向き合ってみたいと思ったんでしょうね。それと、人によっては自分により適した生き方を求めて転職された方もいます。

女性の場合は、結婚や子育て、パートナーの転勤など、ライフスタイルも変わっていきますし、日本の男性中心の雇用文化ではやっていけないという思いからの転職もあります。あとは、大企業にいると大きな組織の一部として、組織のカラーに染まって働くことになりますが、NPOなどの小さな組織だと、一人ひとりが主体的に動いて新しい道を作っていくので、そういう面白さもあるのかなと。

──そういえば、この本に出てくるN女たちの肩書きについて、チームリーダーや課長職の方もいれば、販売サポートや事務局員などサポート的な仕事の方もいて幅広い印象がありました。非営利組織自体、肩書にあまりこだわりを感じさせないような自由さを感じさせるのでしょうか。

たいていの団体は組織の規模が小さいので、役職なんて関係なくて、みんながフラットな関係で働く場合が多いと思います。一般企業でも立ち上げ直後のベンチャーや小さい会社はどこも同じだと思います。

N女たちは、組織名や役職名ではなく、「何をするか」ということに意識が集中している人たちではないかと。そうでなかったら、そもそも誰もが知る有名企業を辞めてNPOに移ったりはしないでしょうから。

──「自分らしく働ける場」というふうに、非営利組織の職場が表現されていることも印象的でした。そういう要素は彼女たちにとって新鮮だったのでしょうか。

人によってはそうだったんだと思います。「自分らしさ」の定義にもよりますけど、日本の企業文化って、かなり特異で強固なので、そこで窮屈さを感じている人にとっては、自分を縛らず気楽にやれる職場なのかなと。逆に、非営利業界では誰かの指示待ちではなくて、自分で意思決定して動いていく必要があるので、主体的にものを考えるような「自分らしさ」のある人じゃないと、やっていけないんじゃないかとも思います。

「N女」という新しいキャリアのありかた、みなさんにはどう映りましたか? 次回は、中村さんが実際に取材された「N女」のみなさんについて、具体的に伺っていきます。