F1ホンダ短期連載(4)
■「F1総責任者・長谷川祐介の10ヵ月」


 2016年2月末にホンダのF1総責任者に就任して以来10ヵ月、長谷川祐介はホンダの組織を生まれ変わらせてきた。

「よく、『何を変えたんですか?』と聞かれるんですけど、自分で変えた意識はないし、『こういうことを意識して』っていうこともないんです」

 長谷川はそう言うが、外から見ていても、明らかにホンダは変わった。

 ホンダ自身も、マクラーレンとの関係も、1年前とは比べものにならないほど風通しがよくなり、組織として強くなったように見受けられる。

 言いたいことが言い合えるフランクでフラットな関係、そして現場で起きている問題が正しく組織全体に伝わり共有できる風通しのいい組織――。それが、長谷川がトップに就いて以来、形成されてきた組織だ。

「現場で起きていることや今の問題点をみんながストレートに話ができるとか、(総責任者である)僕自身がそれをきちんと理解して優先順位をつけて、その課題にあたることができるようにして、まだ十分ではないものの、それによって今シーズンはステップアップしてこられたと思います」

 長谷川はいつも飾り気のない言葉で、ストレートにものを言う。技術者らしく論理的に「できることはできる」「できないものはできない」と言う。レース屋らしく「いいものはいい」「よくないものはよくない」と言い切る。だから彼の言葉には、誰もが信頼を寄せる。

 そこには、現場のエンジニアとして戦っていた長谷川自身が第3期のF1活動で感じた疑問やもどかしさが生かされている。

「当時は(トップに立つ今とは違い)僕はそういう立場じゃなかったから、言いたくても言えなかったり、言っても聞いてもらえなかったり。問題がどこにあるのか、それが組織として正しく伝わらないのが当時の問題でした」

 しかし、長谷川が現場から総責任者へと就任し、当時現場でともに汗を流していたスタッフが今も現場にいる。開発部門もサーキットの運営部門も、お互いよく知っている間柄だからこそ、役職上の上下など関係なくフランクな話し合いができる。

 さらに、第3期当時は車体を担当するイギリス側と、エンジンを担当する日本側でお互いに自分たちの非を認めず、責任をなすりつけ合うような隔たりがあった。それは今のマクラーレンとホンダでも同じように起こりうることだが、長谷川のように誰もが言うべきことを言えれば、そんな問題は起きないだろう。

「第3期のときは『エンジン馬力が出ていない』と散々言われました。それが事実かどうかわかりませんけど、当時の僕の立場ではそれを認めることができなかったんです。それがすごく大きかった。でも、今はこの立場なので、かなり早い段階から『馬力が出てないよ。それが最大の問題だ』って言ったんです。なかには『なんでそんなことを言うんだ』っていう声もありましたけど、それをチーム全体として共有して浸透させて、認めるところから始めないといけないんです」

 開幕前のバルセロナ合同テストでパワーユニットにトラブルが起きたとき、前年度に散々トラブルに悩まされてきたマクラーレン側は「またか」といった様子で、「ウチが直してやろうか」と言ってきたという。つまり、ホンダに対する信頼がなかったのだ。

「水漏れのような初期トラブルが起きるたびに、『何がどうなってるんだ?』『なんで直らないんだ?』『俺たちが一緒に直してやる』と散々言われました。テスト4日目に走行距離30kmくらいで止まってしまったときには、『残り4日間のためにエンジンを5基持ってきてくれ』とも言われました(苦笑)。でも、我々は1基で走るつもりでしたから、『いや、いらない。大丈夫だ』と言って、『ダメなものはダメ』『ここはウチでできる』『ここは協力を仰ぐ』ということをはっきりと言いました」

 隠し立てはせず、オープンに話す。だからこそ相手もオープンに話してくれるし、信頼してくれる。長谷川が理想とするのは、そういう組織だ。

 ホンダも、マクラーレンとの関係も、この1年でそんなふうに大きく変わってきた。

「(ホンダ側の開発として)『できたことはできた』『できないものはできない』『次に投入できる』というような話は非常に正直に伝えてきましたし、『できない』ばかりじゃなく、たまには『できた』もありますからね(苦笑)。カナダGPのターボにせよ、ベルギーGPのスペック3にせよ、言ってきたことがある程度実現できたことによって、信頼関係ができてきたと思います。

 たとえば、スペック3.5をいつ投入するかという話にしても、『スペック3はもうこれ以上、保(も)たない』とか、『ここで換えるかアメリカGPで換えるか、どうしようか』というようなことを、お互いにフランクにオープンに話し合って、ドライバーも交えて、『じゃあここでペナルティを受けるしかないね。次のエンジンはいいんでしょ?』とか、そういう話をすることによってお互いに相手を信頼し、みんなで納得して意思決定ができるようになってきた。

 それによってチームのムードもよくなりましたし、ドライバーも納得して最後尾からレースをすることができた。だからこそ、マレーシアGPやアメリカGPでもいい成績を残すことができたんだと思います」

 ある意味、それは長谷川にとって当たり前のことだった。

『改革』などという大袈裟な言葉は使ってほしくないという長谷川は、レースチームとして好結果を出すために、自分が当たり前だと思うことを当たり前のようにやれる組織にしてきただけのことなのだという。

「ジェンソン(・バトン)が言ってくれたのは、僕が来てから『できることはできる、できないことはできないってはっきりと言ってくれるから、そこは助かった』ということです。でも僕は、ここに来た瞬間からそういう組織を目指してきましたし、僕が変えたとか意識してどうしたというよりも、それが当たり前のことだと思うんですね。特にレースチームとしては、当たり前のことだと思います」

 マクラーレンの総帥として恐れられてきたロン・デニスも、第3期ホンダの最後に加わって翌年チームを引き取りブラウンGPとして成功を収めたロス・ブラウンも、実はそうだった。

 どちらが偉いとか、面子を立てることではなく、勝つことこそが唯一のゴール――。

「勝つために必要なことは言います」

 長谷川がチームに加わった2月にそう言い切ったのには、彼らの姿勢から多くを学んでいたからだ。

「ロス(・ブラウン)さんはすごく明快でした。『トップスピードが出ていないのはお前の責任だ。何とかしろ』ってはっきりと言われたんですけど(苦笑)、彼は不振を日本人のせいにしてやろうとかそういうことではなくて、誰に対してもそうでしたし、彼に言われれば、それが多少理不尽な要求だったとしても、そうするしかないんです。

 ロン(・デニス)さんも、どっちが偉いとかではなくて、マクラーレン・ホンダを勝たせることが最優先事項という人でした。だから、自分たちのネガティブ要素を認めないなんていうことも一切なかったですよ。『お前んとこがヘコんでるからダメなんだ!』っていうのは100万回言われましたけど(苦笑)、『ウチ(マクラーレン)は悪くない』と言ったことは一度もなかったですからね。

 僕らに厳しいことを言うのと同じように、チームに対してもすごく言っていました。ロンさんやロスさんがよかったのは、とにかく勝つということが最優先事項で、チームの面子を保つとかどっちが偉いという競争をするというようなことには一切、興味はなかった。それは非常にありがたかったし、やりやすかったですね」

 メンツに囚(とら)われず、勝つために必要なことをやる。それは、ホンダの内部でも同じことだ。

 昨年までは技術的な共有の難しさや雇用期間の短さなどを理由に見送ってきた外国人エンジニアの採用も、HRD Sakuraではどんどん進められているという。

「外国人のエンジニアも、どこからと言うまでもなく、ほぼ全メーカーからリクルートして採っています。ですから、ヨーロッパのPU(パワーユニット)技術というのもどんどん入ってきています。それに今年は日本だけではなく、マクラーレンの技術であるとかイギリスにいるエンジニアたち(ミルトン・キーンズの現地部隊)の力もかなり使っています。そこは今年、大きく変えてきたことのひとつです」

 2013年5月にF1復帰を決め、そのわずか1年10ヵ月後には参戦を開始しなければならなかったホンダは、パワーユニット開発面だけでなく、組織としてもまだ十分に準備が整わないままでの戦いを強いられてきた。

 しかし、長谷川が組織のトップに立ち、長谷川がレースに勝つためには当然と考える組織へと生まれ変わりつつある。

 2017年、その成果は必ずや、結果という形で我々の目に見えるものとなるはずだ。

(つづく)

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki