F1ホンダ短期連載(3)
■「フェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンの2016年」


「今シーズンのウチで完璧だったのは、ドライバーだけですね」

 ホンダの長谷川祐介F1総責任者は、2016年を振り返ってそう苦笑した。

 マシンの純粋な性能では3強チームに大きな差をつけられ、サーキットによってはフォースインディアやウイリアムズにもまったく歯が立たず、上位入賞どころかトップ10入りさえ厳しいレースも少なくはなかった。

 そんな状況下で、長谷川総責任者の口からは、「今回の結果はドライバーのがんばりがすべてだったと思います」という言葉が何度も聞かれた。

「今の成績は我々が望んでいるレベルには達していませんから、そういう意味では全然満足できないどころか、フラストレーションの溜まるシーズンでした。レースに来る前から好成績が期待できない状況で戦わなければならないというのは、やはり非常に厳しいですよね......」

 フェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンというふたりのチャンピオン経験者を擁し、「F1界最強」と言っても過言ではないドライバーラインナップ。それは、マクラーレン・ホンダにとって大きな救いとなっていた。

 言うまでもなく、アロンソはF1界で「当代一のドライバーのひとり」と見なされている。現役のなかでは3人しかいない複数回のタイトル経験者であり(あとのふたりはルイス・ハミルトンとセバスチャン・ベッテル)、ドライビングの面でも開発の面でも優れた手腕を発揮する。ニコ・ロズベルグが引退を表明した際、後任候補としてすぐさまアロンソの名が噂されたのも、F1界全体からの彼に対する評価の高さの証(あかし)であり、彼には優れたマシンで戦ってもらいたいという願望の表れでもあったのだ。

 それだけに、いつまでもよくならないマクラーレン・ホンダのマシンで戦うアロンソを、"宝の持ち腐れ"だと考える関係者も少なくない。

 アロンソ自身も、もちろん現状には満足していない。しかし、フェラーリで永久にチャンピオン争いに届かない場所でレースを続けるくらいなら、マクラーレン・ホンダという新たな場所でイチから王座を目指す――という気持ちは今も変わっていないという。

「もし2016年もフェラーリで走っていて、ランキング2位だったら落胆していただろう。あるいは6位だったかもしれない。そんなのは、もう嫌なんだ。それよりも僕は、マクラーレン・ホンダで頂点を目指したいし、彼らとともに世界チャンピオンになりたい。それが僕にとって唯一のゴールなんだ」

 日本GPでの大敗を見ても明らかなように、今のマクラーレン・ホンダには車体もパワーユニットもレース戦略も、あらゆる面で"勝つ力"が欠けている。

 しかしそれは、成長の過程にあるがためで、目の前の結果に一喜一憂するつもりはない。

「ショックではないよ。ホンダの地元レースだから、あの結果には落胆したけどね。自分たちのクルマの弱点、何が欠けているかはわかっていた。他チームと同じレベルのパフォーマンスを発揮することができないタイプのコーナーがあり、鈴鹿ではそれが多かっただけなんだ。

 だから、タフな週末になるだろうということは事前にある程度はわかっていたし、あの結果はチーム全体がこのクルマに対して抱いていたことを裏付けるものだった。まぁ、想定以上に少しコンペティティブさが足りなかったのも事実だけどね。

 その理由をきちんと分析して理解し、来季のクルマに生かすことが大切だと思っている。シーズン終盤になって今季のクルマを改良したって小さなことしかできないし、その効果は少ない。それよりも今季のクルマの弱点を、来季のクルマではきちんと潰すことに集中すべきだと思う」

 よくも悪くもすでにほぼ完成形にあるフェラーリのような名門で戦い、全力を出し切って王座に手が届かないくらいならば、ゼロからのスタートを切ったマクラーレン・ホンダでともに努力し飛躍の一助となるほうが、より大きな成功を収めることのできる可能性が秘められている。だからこそ、アロンソはこのチームに加わり、今も努力を続けている。

 スタートから1周目でいくつもポジションを上げるアグレッシブなドライビングが高く評価されたが、それはリスクと隣り合わせでもあった。

「スタートはポジションを上げる最大のチャンスだ。レースが始まってしまえば動きのない周回が続くけど、だからこそスタートで順位を上げられれば、入賞のチャンスも一気に高くなる。リスクは高いけど、そもそも僕らには失うものはない。だからアグレッシブに行けるんだ」

 時には、投げやりな態度になることもあった。

 チーム外に伝わることは稀(まれ)だったが、チーム内ではフリー走行で「こんな状況でこれ以上、ドライブしたくない」とデータ収集を切り上げたり、決勝でも「もうピットインさせてくれ」とあきらめたり、「こんな戦略あり得ない!」「冗談だろ!?」とエンジニアに対して不満をぶちまけることも少なくなかった。

 いかに現状を理解しているとはいえ、これだけ状況が厳しいと、レーシングドライバーとしてモチベーションを維持することが難しいのもわかる。

 また、ミスも目立った。

 開幕戦オーストラリアGPでは、目の前を走るハースのマシンのディプロイメント(エネルギー回生)が切れて失速したのを避けきれず、大クラッシュを喫した。第5戦・スペインGPではパワーユニットのトラブルと勘違いし、自らスイッチオフにしてリタイアという場面もあった。タイトル争いをしていたときのような研ぎ澄まされたドライビングセンスが今も健在なのか、ふたたびそういう戦いのなかに置かれたときに卓越した能力を発揮することができるのか、それはわからない。

 加えて、彼の発する言葉には重みがあるがゆえに、メディアもさまざまな意見を彼に求めるが、なかには真実ではなく、チーム内での影響力を考えた発言もあるとの声も聞こえてくる。確かに、意図的にホンダのパワー不足が低迷の原因だと印象づけるような発言をしたり、シーズン終盤には一転してマシン批判をしたりといったところもあった。ヨーロッパのあるF1関係者は語る。

「彼の発言がすべて真実だとは思わないほうがいい。フェラーリにいたころから、彼はチーム内の体制や人事などに影響力を持とうとする政治的な動きが過ぎる。それが彼にとってうまく働く場合もあるだろうが、それを快(こころよ)く思わない人間もいるし、フェラーリでは結果的にチーム内をかき乱すだけになっていた」

 少なくとも今のマクラーレン・ホンダでは、政治的な駆け引きよりも大切なことがあるはずだ。

 一方、バトンは昨年9月の時点で2017年の休養を決め、11月には「これが最後のレースだと思って戦う」と、事実上のF1引退宣言をした。

「マシンがグリップしない。コーナーの入口はアンダーステアで、出口はオーバーステアだ」

 グリップしないからタイヤに負荷がかけられず、滑って表面だけがオーバーヒートする。だからタイヤの芯に熱が入らず、余計に滑りグリップしない。そんな状況下では、バトンの持ち味である"ジェントルドライブ"は鳴りを潜め、今季のバトンは負のスパイラルに入っていた。

 特に予選で一発のタイムを出すのに苦労し、対アロンソでは15対5で大きく負け越した。Q3進出はわずかに4回しかなく(アロンソは8回)、下位グリッドからでは集団に飲み込まれ、満足なレースを戦うことも難しい。

 世界中を飛び回る忙しさが続いてきたなかで、バトンは家族や友人と過ごす休養が必要だと感じ、最終的にはF1を去り、第二の人生を考えるようになっていた。

「2017年に必要なのは、楽しむことだよ。もちろんF1でもっと勝ちたいし、タイトルも獲りたいとは思うけど、今までに自分が達成してきたことにはとても満足しているし、今はさらに一歩前に進むべきときだと思う。これからは自分のために楽しむためにレースをしたいんだ。だから、2017年はアメリカのラリークロスに参戦したり、何かテストをしたり、スーパーGTの鈴鹿1000kmはやるかもしれないけど、どんなカテゴリーであれ、フルに戦うことはないだろう」

 2016年のバトンは、コクピットでステアリングと格闘しているときには引退のことなど微塵も考えないとは言うものの、彼の目はもう新たなステージへと向けられていた。

「F1はとても楽しかったし、とてもつらいこともあった。だけど、マクラーレンのような素晴らしいチームで戦ってくることができたのはとても素晴らしかったし、僕は全力を尽くしてきた。これからは別の場所で全力を尽くすことにするよ。僕は自分の人生にとても満足している。これまでに達成してきたことにもね。あとは、これからの人生で何を成し遂げるかだよ」

 自らメルセデスAMG移籍の噂を否定し、マクラーレン・ホンダへの忠誠を誓ったアロンソは言う。

「2016年は中団グループのなかで、前年よりも多くのポイント争いができるようになったし、その点は楽しめた。でも2017年は、上位争いに向けて最後のステップを登りたいと思っている。車体レギュレーションが大きく変わるから勢力図もガラリと塗り替えられるだろうし、チャンスはあると思う。未知数の部分も多いけど、マクラーレンはビッグチームだからそれにきちんと対応するだけのリソースもあるし、可能性も秘めている」

 アロンソは、ホンダの進化にも手応えを感じているという。今季が充実していたからこそ、来季の飛躍はより大きなものになるはずだと、アロンソは確信している。

「パワーユニット面でも2016年は多くを学ぶことができた。前年ははっきり言って、パワーも信頼性も何もかもが不足していて、レースを走り切るだけでも精一杯の状態で、学ぶどころではなかったんだ。でも2016年は、レースを戦うなかで多くを学ぶことができたし、2017年はそれを大きく生かすことができる。だから自信を持っているんだ」

 来季、マクラーレン・ホンダが素晴らしいマシンを作り上げ、大ベテランのアロンソと期待の新人ストフェル・バンドーンのふたりが遺憾なく実力を発揮してくれることを願いたい。


(つづく)

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki