2017年5月に決選投票が行われる仏大統領選がヒートアップしている。大統領選を迎えてのサプライズは珍しくないが、今回も既に幾つかの予期せぬ出来事があった。本稿では、17年の仏大統領選を迎えるに当たり、これまでのフランソワ・オランド大統領の任期(在任12〜17年)を振り返りつつ、保革二大政党の動向、さらには注目される極右ポピュリスト政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首の当選可能性を占ってみたい。

「撤退」余儀なくされたオランド大統領

 12年の大統領選で現職の座にあったニコラ・サルコジ大統領を破って当選したオランド大統領は、12月1日に次期大統領選への不出馬を表明した。憲法で在職2期10年が許されている大統領職に現職が再挑戦しない事態は、フランス現行体制(第5共和制、1958年〜)下の7人の大統領のうち、初めてのケースとなる(69年に当選したポンピドゥー大統領は74年に在職途中に死去したため再出馬できなかった)。

 迫る大統領選を前にオランド氏が辞退を表明した背景には、史上最低を更新し続ける支持率にある。財政緊縮へとかじを切った13年夏以降に支持率が30%を切り、翌年夏には20%を下回り、出馬しても当選する可能性が見込めなかったからだ。

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 また、14年夏にはアルノー・モントブール経済相が大統領の経済政策に反対して事実上辞任してからというもの、16年頭にはクリスティアーヌ・トビラ法相がテロ犯罪者に対する国籍剥奪法案に抗議して、さらに夏には大統領選に出馬予定のエマニュエル・マクロン経済相といった重量級の閣僚がそれぞれ辞任するなど、政権と議員団も分裂含みとなり、社会党内からも名誉ある撤退を求める声が高まっていた。

 リーマン・ショックと、続くユーロ危機による超緊縮政策が政治の混乱要因になっているという意味では、フランスも例外ではない。10年に国内総生産(GDP)比で7%超あった財政赤字は15年に3.6%と約半分に圧縮され、失業率は12年に10%を超えて高止まりしたままとなっている。

 その中でテロと難民流入危機が相次ぎ、内憂外患の大統領の下のエロー内閣(同12〜14年)とバルス内閣(同14〜16年)は、経済政策と治安強化の在り方をめぐって場当たり的な対応に終始し、それが大統領に対する世論の不信感を高めることになった。かくして権力の空白が生まれることになった。

フィヨン選出の「驚き」

 さらに、権力の空白を間近にして、大きなサプライズは保守ゴーリスト(ドゴール派)政党・共和派の側で起きていた。大統領候補を決するための11月下旬の公開予備選では、下馬評を覆してフランソワ・フィヨン元首相が勝利、候補者に指名された。一般有権者も投票権を持つこの公開予備選は、11年に現与党の社会党が自党候補者を選出するのに採用し、これが多くの有権者を動員したことから、共和派でも同種の予備選が用いられた経緯がある。

 7人の候補者のうちでは、中道からの支持も厚いアラン・ジュペ元首相、さらに一般党員の人気の高いサルコジ前大統領が有利とみられていたものの、第1回投票と決選投票で首位に立ったのはサルコジ政権下で首相を務めたフィヨン氏(同07〜12年)であり、これは国内外で大きな驚きを持って受け止められた。

吉田 徹(北海道大学法学研究科教授)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載