「ストリートチルドレンも移民も、縁遠い立場であるから気づきにくいだけで、日本にも中米でギャングを生み出しているのと同じ、社会の構造的な問題があるはず」と語る工藤律子氏

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世界最悪の殺人発生率(2014年の人口10万人当たり)をマーク犯罪の温床となっているのが、「マラス」と呼ばれる若者ギャング団だ。

第14回開高健ノンフィクション賞を受賞した『マラス 暴力に支配される少年たち』(小社刊)は、その実態を明らかにする迫真のルポ。

なぜ少年たちは死と隣り合わせの世界に飛び込み、そこで生きる道を選んだのか? 綿密な現地取材から見えてきたのは、貧困や家庭崩壊、グローバル化による格差の問題で、それは日本社会が抱える問題ともリンクする。著者の工藤律子氏に聞いた。

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―中南米に関心を持つことになったきっかけは?

工藤 米国に留学していた高校時代に、ラテンアメリカ出身の子供たちと出会ったことが、最初のきっかけです。多様な人種がいるクラスの中でも、飛び抜けて元気で人懐っこい子たちで、仲良くしてくれて、当時、英語も満足に話せないおとなしい子供だった自分にとって、彼らの気質がとても斬新に映ったんです。

聞けば、彼らは軍事政権(当時)の弾圧で国を追われ、亡命してきたのだと言います。あまりにも日本と境遇が異なるため、いったいどういう国なのかと強く興味を引かれ、大学ではスペイン語を学び、ラテンアメリカ地域を専攻することに。そして在学中にメキシコ留学などを経験するうちに、ラテンアメリカの貧困や格差の問題に行き当たったんです。

―日本でも格差社会は問題視されています。ラテンアメリカとの違いはなんでしょう?

工藤 ラテンアメリカというのは、世界で最も格差が深刻な地域です。単に貧困だけに目を向ければ、もっと貧しい国は少なくないのでしょうが、ラテンアメリカの富裕層というのは、日本の「お金持ち」よりもはるかに大きな資産を蓄えているのが実情です。つまり、国民の1〜2%だけが極端に富んでいる現実があるんですね。

ただ、そうした状況のなかで、「スラムとは問題ではなく“解決策”である」と書かれた文献を読んで、感銘を受けたんです。外から見ればスラムは危険で汚いエリアと思われるかもしれませんが、そこで暮らす人々にとっては、住民が力を合わせて家や学校を建て、インフラを整え、生活に必要なものを自助努力で作り上げていく場なんですよ。

―生きるための手段という意味では、本書でも書かれているストリートチルドレンと子供の移民の問題も印象的でした。

工藤 家庭での虐待を逃れるために路上生活を選ぶ子、地域のギャング団の暴力から逃れるために国境を越える子、彼らは皆そうしなければ生きていけない事情を抱えていたわけです。昨年以降、メキシコから米国を目指す子供が再び増加しているそうですが、その何割かは国境にたどり着く前に移民局に拘束されます。本当はそこで、正規の難民申請手続きをする方法もあるのですが、周知されていないのが現実です。

―日本で暮らす身としては、想像もつかない世界です。

工藤 しかし実際には、日本も同様の問題を抱えていると思うんです。家庭に安全も居場所もないラテンアメリカの子供たちは、ストリートチルドレンになる道を選びますが、日本では子供がひとりで道端にいたら、警察に保護されるでしょう。つまり、環境的にそのように生活することが許されないため、家庭での問題は学校でのいじめや援助交際など、ほかの形で解消しようとする。

―長年にわたりラテンアメリカでの取材を続けられていますが、現地で危険な目に遭ったことはありませんか。

工藤 それがほとんどないんですよ。あってもスリ被害くらいのもので、命の危険を感じたことはないです。「マラス」が支配する地域にしても、彼らの縄張りをちゃんと理解して行動すれば、皆さんが思っているほどのリスクはありません。そこにも人々の日常があるわけなので。

例えば、80年代に私が初めてメキシコのスラムを訪ねた際も、向こうにとって日本人は物珍しかったようで、割と歓迎してくれたのを覚えています。当時は言葉もほとんど話せませんでしたから、「なぜここへ来たの?」と聞かれた際、「ここには本当のメキシコ人がいるから」としか答えられなかったのですが、それがウケていろいろごちそうになったりもしました。そのときに、スラムは決して危険ではなく、誰もが力強く生きている場なのだと知り、いっそう関心を強めました。

―今作では、「マラス」の元メンバーや支援者の生々しいエピソードが採録されています。

工藤 一連の取材を通して感じたのは、ギャングもやはり同じ人間であり、根っからの悪人だとか危険なだけの存在ではないということです。ひとりひとりは本当にエネルギッシュでさまざまな才能を持ち、いかにして生きていくかを真剣に考えています。しかし、彼らを取り巻く格差社会や金権主義が、少年たちを追いつめる。なぜギャングとして生きざるをえなかったかというのは、ひと言では答えられない問題です。家庭や社会・時代背景など、彼らを追い込む要素は多様ですから。世界のあり方の問題ですね。

―ギャングもまた、彼らにとって生き延びるための手段のひとつであった、と。

工藤 ギャングというと、多くの日本人は別世界の存在だと思われるでしょう。しかし、その背景には、そうした若者たちを生み出す社会構造があるということに目を向けなければなりません。ストリートチルドレンも移民も、縁遠い立場であるから気づきにくいだけで、日本にも中米でギャングを生み出しているのと同じ、社会の構造的な問題があるはずですから。

―ところで、移民問題といえば、トランプ大統領誕生に関して、現地の反応は?

工藤 少なくとも、私の周囲のメキシコ人は怒りまくっていますね(苦笑)。トランプ当選が決まったときは、そのショックで寝込んでしまったのではないかと思われる人間もいましたし。

ただ、トランプ個人がどうというよりも、彼を勝たせたものはなんなのかを考えてみると、この新自由主義的グローバリゼーションのなかで米国にも格差に対する不満があるということだと思うんです。でもそれは、これまで米国自身が推進してきたものなわけで、根本的な構造を変えていかなければ、誰が大統領になっても不満や問題を解消することは難しいでしょう。

(インタビュー・文/友清 哲 撮影/有高唯之)

●工藤律子(くどう・りつこ)

1963年生まれ、大阪府出身。東京外国語大学大学院地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究する傍ら、フリーのジャーナリストとして取材活動をスタート。著書に『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)『ドン・キホーテの世界をゆく』(論創社)『ルポ 雇用なしで生きる』(岩波書店)ほか多数。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表

■『マラス 暴力に支配される少年たち』集英社 1800円+税

凶悪犯罪が多発し、治安の悪化が懸念される中米ホンジュラス。その要因とされるのが若者ギャング団「マラス」の存在だ。メンバーになる条件は、誰か人を殺すこと。そして組織から抜けるときは、死を覚悟しなければならない。なぜ少年たちは、死と隣り合わせの「悪」に進むのか―? 長年、中南米の格差や貧困、ストリートチルドレン問題に取り組む著者が挑んだ衝撃のルポルタージュ。第14回開高健ノンフィクション賞受賞作