巨万の富を築いた戦前の金持ちたち

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 戦前の大富豪たちは、今では考えられないほどのスケールでカネを稼ぎ、そして使いまくっていた。彼らは、世界と伍していくために邁進していく戦前の日本の映し鏡でもあった。歴史に造詣の深いライフネット生命会長・出口治明氏を案内人に、忘れられた大物実業家たちの軌跡を辿る。

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 長崎に遊びに行こうと思って何気なく長崎市のホームページを見ていたところ、梅屋庄吉さんという実業家の存在を知りました。説明を読むと、梅屋はあの孫文に巨額の寄付をし、辛亥革命を莫大な資金によって支えていた、とある。その金額は事業で稼いだお金のほぼ全てと言われるほどで、現代人の感覚からすると俄かには信じがたいものがありました。

 僕は自分自身も会社を経営しているわけですが、今の時代にもし孫文のような人がいたとしても、会社の稼ぎの全てを一人の男に寄付するような経営者はいないでしょう。いったいこの梅屋という人物はどのようにして金を稼ぎ、なぜそれを無尽蔵に孫文の革命につぎ込んだのか。考えれば考えるほど、不思議な気がしたのです。

 同じく明治生まれの薩摩治郎八は、パリで豪遊をして今のお金で何百億円もの散財をしたと言います。

 そうした人々のエピソードを知ると、僕は戦前の日本のイメージが自分の中で変化していく気がしました。実はあの時代には近年のシリコンバレーのような自由な雰囲気があって、アップルのスティーブ・ジョブズのような実業家がゴロゴロいたのではないか。明治から大正・昭和にかけてのある時期、資本主義が芽吹いていく日本には、おそらく僕らが想像する以上に豪快な人物たちを生み出す気風があったのだろう、と。

 僕がライフネット生命を起業する前に勤めていた日本生命にも、弘世助太郎という明治生まれの社長がいました。

 彼は日本生命が日本一となった後の1930年代、家族を連れて欧米を漫遊する旅に出ます。そのとき自分たちがいかに井の中の蛙であったかを思い知り、1年後に帰国してから次のような旗印を高々と掲げます。

「臥薪嘗胆二〇年、世界制覇」

 僕はこの話を社史で知ったとき、やはり明治・大正の実業家のスケールの大きさに触れた思いがしたものです。何しろ社長がアメリカやヨーロッパに行って、いきなり「世界制覇」を言い出すわけです。社員はさぞかし驚いたでしょうけれど、戦前の経営者にはそのような気宇壮大な精神性があった。弘世助太郎の発想も、同時代を生きた梅屋庄吉や薩摩治郎八に通じると思います。

 彼らのような人物が、今の日本の実業界にどれほどいるでしょうか。

 財閥や政界といった歴史のメインストリームから離れた場所を生きた彼らは、一方で資本主義の勃興期に世の中に大きな影響力を持ち、自らの持つ金を夢へと変えた人々だといえます。僕はそんな人たちの物語を知るとき、自分が経営者として、そして日本人としてとても勇気づけられるのです。

【PROFILE】出口治明(でぐち・はるあき)/1948年生まれ。ライフネット生命保険代表取締役会長。著書に『「全世界史」講義』I・II、『世界史としての日本史』(半藤一利氏との共著)など。

※週刊ポスト2017年1月13・20日号