今年もあっという間に終わってしまったお正月。年が明けて1週間以上経ってすっかり通常の生活に戻ると、神社に初詣に出かけておみくじを引いたことがずいぶん前のように思えてしまう。(イメージ写真提供:(C)PaylessImages/123RF)

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 今年もあっという間に終わってしまったお正月。年が明けて1週間以上経ってすっかり通常の生活に戻ると、神社に初詣に出かけておみくじを引いたことがずいぶん前のように思えてしまう。

 中国メディア・今日頭条は8日、「日本人のクレイジーな宗教観」とする記事を掲載した。記事は、「日本人は宗教信仰において非常に奇妙である」とし、正月に神社へ初詣に行き、結婚式は教会で行い、死んだときにはお経を唱えてもらうと説明している。複数の宗教が入り混じっている点が「奇妙」ということのようだ。

 そして、日本の文化庁が毎年発表する「宗教年鑑」の2015年のデータにおいて、日本の各宗教信者数の合計が日本の人口を上回る1億9000万となっている点を指摘。「日本人が同時に複数の宗教を信仰しており、信仰上の排他性が全くないことが示されている」とした。また、さらに不思議な点として、多くの日本人が「自分は無宗教である」と答えることを挙げた。

 記事は、さまざまな宗教が生活の中に入り込んでいながら「自分は無宗教だ」と話す日本人の特性について分析。神道と仏教の交錯による影響から「もともと宗教化していたものが風俗化、習慣化した」と説明した。さらに、日本には「みんなと同じ」とう集団意識があり、これも「神社に詣で、教会で結婚し、仏式の葬儀を行う」といった宗教的な行為を日常化、習慣化させることにつながったとした。

 そして、日本人にとってはほとんど宗教的な意味を持っておらず、「結婚式の場所、新年を祝う場所、亡くなった人を祈る場所を探した結果」に過ぎないのであると論じている。

 お寺に行ってパンパンと手を打つ人、結構いるのではないだろうか。柏手はあくまで神社での参拝に打つものであり、本来はお寺ですべき作法ではない。しかしだからと言って誰かに咎められるようなことはなく、「作法はともかく大切なのはお祈りする気持ちです」となる。この寛容さも、日本独特の宗教意識と言えるかもしれない。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)PaylessImages/123RF)