シュプレヒコールが至るところで聞こえてきた

写真拡大 (全2枚)

 街全体がうねるかのような光景だった。ソウル中心部・光化門広場で開かれた朴槿恵大統領退陣デモ。日本ではワイドショーの格好のネタとして面白おかしく報じられたが、古谷経衡氏は現場から異なった印象を持ったという。

 * * *
 朴槿恵の即時辞任を求めるソウル市内のデモは、12月9日の弾劾訴追案可決と朴の今年4月での辞任表明を受け、収束に向かった。そのデモの最高潮は、すなわち12月3日であり、主催者発表で170万人・警察発表で32万人(共にソウル市内のみ)の最大級の熱狂を齎すことになった。矢も楯もたまらず渡韓した私は、正にこの日、デモの心臓部・ソウル市光化門広場に居た。

 しかし日本側報道を見るにつけ、反朴デモには複雑怪奇の印象があった。朴に取り入って私利私欲を貪ったとされる崔順実なるオバサンを弓削道鏡とかラスプーチンに例えてもイマイチしっくりと来ない。

 大統領のスピーチを民間人が推敲することは犯罪ではないし、その利益誘導の金額とて佐川急便事件やロッキードの比ではない。ウォーターゲートに比べれば朴槿恵の関与した「悪事」は小粒。だのに何故韓国人はああまで憤怒しているのか。

 日本の夜のニュースで流れる映像にはまるで、アイドルのライブ参加者か何かのように、サイリウム(蛍光ペンライト)を左右に振りながら朴退陣を叫ぶ市民の姿ばかりが目立った。どうせ韓国によくある「道徳的糾弾」という奴の一種で、辞任要求に仮託した“祭り”つまり韓国版ハレといった処であろう、とタカを括っていた。

 3日夕刻、早速市民が続々光化門広場に集まりだす。既にホコ天となった周辺道路は閉鎖され、韓国おでんだの豚串だのを売る露店が軒を連ねる。蝋燭のLED電球が売られ、「朴槿恵辞任豆乳」なる即席グッズも出回る始末。このデモが“祭り”であることを益々私は確信する。

 しかし光化門広場の中心部に設置された黄色のリボンのモニュメントまで来た際に、私の足は止まらざるを得なかった。それは2014年4月に沈没したセウォル号事件の犠牲者を追悼するものであった。併設されたテントには高校生ら犠牲者の写真が整然と並べられ、人々が沈痛の表情で入れ代わり立ち代わりそれを眺めていく。蝋燭の形は犠牲者たちの鎮魂を意味した。日没、益々厳しさを増す寒さとは裏腹に、光化門は人で立錐の余地なく埋まった。私は全体像を見ようと博物館屋上に上った。

 170万人は言い過ぎだが、確実に30万人は居る。まこと壮観の一言である。夜7時になると群衆は一斉に手に持ったライトを消す。セウォル号が沈没して犠牲者が塗炭の苦しみを味わっているその7時間の間、朴は美容整形で麻酔中であった、というまことしやかな疑惑にちなみ、7時に一斉に消灯するのだ。

 黄海沖に沈んだままのセ号にはいまだ9名の犠牲者が閉じ込められている。野外ステージと見紛うような、サーチライトに照らされた巨大舞台に立つ登壇者は、必ずこのセ号事故における朴の不手際と体たらくを指摘し、その度に群衆は朴非難の大合唱を始める。

 かつて日本でも、愛媛県の水産高校の実習船「えひめ丸」が米原潜グリーンビルに衝突された際、事故報告を聞きながらゴルフを続けたことで批判された森喜朗の例があった。失言も相まって森内閣はすぐに国民的熱狂を伴った小泉に交代した。が、すぐに禅譲できる議院内閣制と韓国の専制君主にも似た大統領制は違う。

 無辜の若き同胞が死にゆく中、美容に没頭していた朴への怒りは凄まじい。朴が迅速に対処していたらセ号事故の死者数が違っていたかどうかはわからない。しかし明らかに、韓国国民の朴への怒りの根源は、あのセ号事件が大きな比重を占めていることを感じた。崔順実との共謀云々は、付帯する怒りの要素の一つであって決定打ではない。

◆死者に鈍感な日本人

 日本では、韓国の反朴デモの原因をあれやこれやと分析しようと躍起になっている。いわく「ヘル朝鮮」に代表される国内の格差や貧困がその後背にあるのだ、と解説がなされる。

 しかしどの国やどの時代でもそうであるように、デモの主体は中産階級だ。私が聞いた範囲では、デモ参加の理由に「貧困」をあげる市民はいなかった。無論、韓国で亢進する格差が反政府の理由の一つであることは否定しない。だが中学生から子供を抱えた主婦から元軍人まで、あらゆる社会階層の人々が参加していた反朴デモの求心力は、もっと動物的で本質的な怒り、―そう、直接的に同胞の人命を軽んじたセ号事故対応不手際への怒りにあろう。

「これこそが日本の見習うべき民主主義の姿である」と、反朴デモに参加した日本のリベラルが言う。路上で政治的見解を述べるのに「○○死ね」だのという言葉を必要としない韓国のデモに日本の左が追い付くには、あと数十年の歳月を要するだろう。

 「見習う」よりずっと手前の、低レベルの境地に日本のリベラルはある。「また半島の哀れな人々が噴き上がっている」と、韓国に一度も行きやしないのに「韓国経済は崩壊する」だのと知った口をきく日本の保守派が嘲笑する。うらぶれた年金生活者を二百人集めて「愛国集会」を開催するのが精一杯の日本の保守派に韓国人を蔑む資格などない。

 デモの翌日、若者の街・弘大に寄った。「セ号未発見9人の犠牲者」の顔を印刷した看板を前に、路上ライブが始まっていた。私は韓国語はわからないが、そのメロディーが反朴槿恵デモで唱和されていたものと同一のものであるのはすぐに分かった。哀しくも美しい鎮魂歌であった。

 私たち日本人は例えば東日本大震災、福島原発事故の関連死、JR福知山線脱線事故、御嶽山噴火における犠牲者の顔と名前を、誰か一人でも思い出すことができるだろうか。日本において事故や犠牲者の顔と名前は、プライバシーの美名のもとに遠く葬り去られ、人々は死者に鈍感になっていく。

 あまつさえ海外で誘拐され死んだ同胞に「自己責任だ」などの罵声を投げかける。死の理由はどうあれ、犠牲者にムチ打つ国は世界でも日本だけだ。事故から早3年弱を経ても、海底に眠る同胞の顔と名前をはっきりと記憶し、為政者に対し怒りの熱をあれほど露わにするこの国の人々に、言い尽くせぬ尊崇の情が湧き上がることを自覚する。

 このまま暫く、この国の未来を見ていたい気すらした。冬のソウル、だが真夏。

※SAPIO2017年2月号