「療養病床」廃止で続出!?「介護難民」を回避できるか

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■低コストの「施設」に介護を移すのが狙い

高齢化により都市部での介護施設不足が危惧されている。民間機関「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)は、2015年6月、東京、神奈川、埼玉、千葉の「東京圏」では10年後までに介護施設が約13万人分不足するとの試算を公表した。

施設不足と財政逼迫の狭間で、制度変更も進む。なかでも厚生労働省が打ち出した「介護療養病床の2017年度末での廃止」は介護関係者に衝撃を与えた。

「療養病床」とは長期の介護・医療ケアを必要とする人のための医療施設を指す。医療保険が適用され、より重篤な患者が入院する「医療療養病床」と、介護保険が適用される「介護療養病床」の2種類がある。廃止対象は後者の介護療養病床である。

廃止の理由は「病院」であるにもかかわらず、介護保険が適用されるという性質にある(図1)。介護療養病床は医療の必要性が必ずしも高くない高齢者が施設代わりに利用するケースがある。病院は医師の人員配置などが手厚く高コスト。介護保険財政の圧迫につながるため、患者をより低コストの老人保健施設などに移すのが狙いだ。

とはいえ受け皿となる施設が十分にあるわけではない。介護療養病床の廃止によって強制的に退院させられた高齢者は行き場を失い、「介護難民」になりかねない。淑徳大学教授の結城康博氏は「『介護難民』が大量に生まれることになりますから、そう簡単には廃止できないでしょう」と話す。

「介護療養病床は、介護施設では十分に対応できない要介護高齢者の受け入れ先として機能しています。実際、特別養護老人ホームなど介護施設の多くは、24時間体制で看護師が配置されているわけではないため、医療的ケアの必要な患者の受け入れには限界があります。ただし長期的には減らしていくしかありません。国の財政が逼迫するなかでは、全員に手厚い介護を行うことは、物理的に難しくなっていくからです」

人は最期をどこで迎えるべきか。内閣府の意識調査では、年齢を問わず「治る見込みがない病気になった場合、どこで最期を迎えたいか」という問いに、半数以上が「自宅」と答えている。ところが実態は異なる。やや古いデータになるが、看取りの場所について日本人は8割以上が「病院」となっている。これはフランスやオランダ、スウェーデンと比べて圧倒的に高い比率である(図2)。

■「徹底的な介護」が本当に必要なのか

内閣府の意識調査に答えた人たちも基本的には元気な人たちだ。実際には「家族などに迷惑をかけたくないから、『病院』や『施設』で最期を迎えたい」と考える人も少なくないだろう。結城氏も「日本人はまだ看取りについて自己決定しようという意識が弱い」と話す。

「欧米では看取りの自己決定が確立されつつあります。一方で、日本の介護現場ではまだ無駄な医療的ケアが提供される事例も少なくない。高齢者本人の『生活の質』が軽視され、介護者の論理で『胃瘻』などの医療的ケアが決められてしまう。どうしても必要なケースもありますが、介護環境を整えれば『経口食』で看取ることもできるのです」

日本では「健康寿命」と「平均寿命」の差が拡がりつつある。医療の発達で平均寿命は延びているが、それ以上に「要介護」の期間も延びているのだ(図3)。結城氏は「どの時点、どの症状で人の『命』は臨終と考えるべきかを、人の『生活の質』を踏まえながら、社会として考えていくべき」と話す。

「今後、都市部での介護施設不足を解消できる見込みはありません。平均で2〜3年待ちという特別養護老人ホームに『運』で入所できるか。または高額な有料老人ホームに入れる『カネ』があるか。徹底的に介護を受けるにはそれしかないでしょう。

しかし、そうした介護が『生活の質』を高めるものかどうか。家族や本人の文書などの意思表示があれば、過度な延命治療は避けられます。誰も意思表示しなければ、延々と介護生活が続く。施設に入れなければ、介護は家族の負担にもなる。生前から家族会議などを通じて、自分の意思を明確にしておくことが重要です」

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淑徳大学 教授 結城康博(ゆうき・やすひろ)
1969年生まれ。淑徳大学社会福祉学部卒業。法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー。近著は『在宅介護』(岩波新書)。
 

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(相沢光一=文)