金正恩氏

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「国家安全保衛部」といえば、金正恩氏に忠実な北朝鮮の秘密警察だ。住民の箸の数まで知っているというち密な情報網を駆使し、外国のスパイやその協力者をはじめ、国家に不満を持つ「反逆分子」を容赦なく叩き潰す。

捜査から逮捕、起訴そして死刑執行にいたるまで独自の司法権力を持ち、政治犯収容所の名で知られる「管理所」も運営。公開処刑の実行も担当してきた恐怖の代名詞的な存在だ。

レイプも頻発

北朝鮮がこの組織の名前を今年になって「国家保衛省」に変えた。6月29日に開催された最高人民会議(国会に相当)で、「人民武力部(国防省)→人民武力省」、「人民保安部(警察庁)→人民保安省」と共に、従来の「部」から「省」へと変更されたのだ。

この中で「国家保衛省」という呼び名だけが、北朝鮮の国営メディアで未確認だった。それが12月18日、初めて朝鮮中央テレビで使われると、翌日に韓国メディアが一斉に報じた。

北朝鮮ウォッチャーのあいだでは、「省」になったことをどう捉えればよいのか議論になっていた。北朝鮮では「省」よりも「部」の方が上とされるため、格下げになったと見る向きが有力で、その背景に注目が集まっていたのだった。

例えば韓国の日刊紙「東亜日報」で、10数年にわたり北朝鮮と関連した記事を書き続ける脱北者のチュ・ソンハ記者は8月16日の記事で「武力省と保安省は1990年代後半に部から省へと名称が変更され、2000年代になって再び部に変わり、今年になって元の省になった。だが、保衛部は1973年の誕生以降、一度も省になったことは無い」とし、最高指導者の番犬として働いてきた保衛部の格下げを衝撃を持って受け止めた。

これに対する反論を、同じ東亜日報系列の月刊誌「新東亜」10月号が行っていたのを、この度発見した。

メディア初公開という、最近脱北した国家安全保衛部幹部出身のA氏と、人民保安部(警察庁)幹部出身B氏の「独占インタビュー記事」の中で、B氏が格下げとの見解を一笑に付し「呼称のため」と説明しているのだ。

B氏は、省の組織構成上、「『局』の下に『部』が存在し、部長だけでも500人に及ぶ」と明かした上で「たとえば保安省の監察局には1部から26部まである」とし、「全体のトップと一部署の長の呼称が同じ『部長』では混乱を招くため、組織名を『省』に、トップの呼称を『相(長官、大臣)』とすることにした」のが内幕だというのだ。

さらに「内閣の教育省、貿易省などと混同してはならない」と、依然として北朝鮮の中で保衛省と保安省の両省は特別であることを強調している。なるほど、筋の通る説明ではある。

そもそもこれらの組織、特に保衛省の実態は、その知名度の割に余りよく知られていない。北朝鮮住民ですらも逮捕されない限り漠然としか分からないし、管理所に至っては、一度入ったら出てくることは至難の業である。

ちなみに、デイリーNKジャパンは今年10月に発表したムック『脱北者が明かす北朝鮮』の中で、保衛部元中佐の脱北者、崔見準(チェ・ヒョンジュン)氏のインタビューを行い、その一端を明らかにしている。

先の「新東亜」の記事に戻ると、金正恩氏の時代になってからの保安省、保衛省の変化についてA、B氏ともに「容赦が無くなった」と口をそろえる。

A氏は「『不純分子は引き裂いてしまえ』、『公開処刑で人民の目を覚ませ』という指示が2012年に保衛部(当時)に下達された。一年で300人以上の幹部と住民が公開処刑された」とする。

一方、B氏は「反国家犯罪が明らかになる場合、先に裁判もせず殺してから後で報告するという点が、金正日時代と変わった点」と明かす。

保衛省と保安省どちらが恐ろしい存在かという「新東亜」紙記者の質問にB氏は「どちらも怖い」としながらも、「国境地帯に住んで、脱北をしようとする住民は保衛省の方が恐ろしいはずだ。だが、人民の生活に直接影響をおよぼすのは保安省だ」と説明する。「保衛省は政治的な理由が無い限り逮捕しないが、保安省はどんな理由でも逮捕する」というのだ。

また、取り調べの苛烈さについても言及している。「食事もトウモロコシに大豆や汁物しか与えず、栄養失調で倒れる収監者が多い上に、調査官から殴る蹴るの暴行はもちろんのこと、足の間に木の棒を挟んで座るなどの加虐行為が行われている」とする。看守によるレイプも頻繁に起きているとA氏は証言する。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

結局のところ、名前が変わっただけで、住民を抑えつけるその役割は変わっていないということだ。金正恩氏の恐怖政治を今も支えているのは、紛れもなく保衛省と保安省の両機関なのである。