麺のルーツがついに決着!? 「中国料理」の歴史をたどる

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▼中国料理について教えてくれた人
南條竹則さん●作家、翻訳家。中国料理と酒、中国文学を愛する。近著に『中華料理秘話 泥鰌地獄と龍虎鳳』(ちくま文庫)がある。
木村春子さん●中国食文化研究家。中国の本格料理から家庭料理まで歴史と風土を研究。共著に『中国食文化事典』(角川書店)。
小倉エージさん●音楽評論家、料理研究家。特に香港の食文化に造詣が深く、食事情・文化・大衆音楽の評論活動を続けている。

■1. 強火で「ジャーッ」は意外と最近!?

「火を制するものは中華を制する」てな格言!? もあるように、中国料理といえば大火力を用いて中華鍋を豪快に振り、具材を宙に跳ばしながら高温で炒めるド派手厨房のイメージが強い。

しかし、木村さん曰く「そうした調理法の端緒が見られるのは古くても明(1368〜1644年)の時代。技術が確立して、広まったのは清(1661〜1912年)になってから」とのこと。あれあれ? 意外と最近なんじゃないの!?

現代の中国料理のルーツと呼べるような料理が数多く出現したのは宋(960〜1279年)の時代で、炒め料理もあることはあった。ただ、軽くて高熱にも耐える鉄鍋や、強火を生み出す燃料(コークス)が使える調理台などが揃わないと、高温でジャーッと炒める料理は無理。初期の炒め料理は、静かに具を混ぜながら油を含ませて加熱するようなものだったようだ。「宋代は竈の上に固定された鍋(というか、釜に近い)が主だったのですが、元代(1271〜1368年)になると手で持ち上げられる鍋が登場。傾けたり、振って具を混ぜたりできるようになりました」と木村さんは言う。

加えて、調理に使う油も、古くはラードなど動物性が主体。大豆や胡麻といった植物油は抽出に大量の原料と手間を要するので、皇帝や高級官僚など一部の人たち以外には、なかなか使えない代物だったらしい。甚だ不公平なからんや!!

■2. 「麺のルーツ」論争ついに決着!

中国4000年の歴史――よく使われる表現だが、木村さん曰く「少なくとも料理については、4000年前に現代のようなメニューは成立していない」とか。ちなみに中国では「5000年の歴史」ともいわれているそう。南條さん曰く「紀元前を2000年も遡るとなると、夏王朝(紀元前2070年頃〜同1600年頃)の話になる。さらに1000年遡るともはや神話の世界。まあ『白髪三千丈(意訳:長年の憂いのせいで白髪が伸びまくり、全長9kmになっちまったよ)』なんて表現をするくらいで、中国の人は大げさな話が好きですから」と苦笑。そもそも“中華”という言葉も「中国が宇宙の中心」なんて思想から来ているわけで、軽く話を盛りがちな一面はあるのかも。

……な〜んて思っていたら、中国でなんと4000年前の麺が発見されたとか。2005年10月、中国北東部の黄河流域にある喇家(らつか)遺跡から、お碗の底に残っていた麺が出土。分析の結果、粟やきびでつくられた麺と判明。麺の発明については中国人のほか、イタリア人とアラブ人もかねてより「ウチがルーツ!」と主張してきたが、この発見によって、ひとまず中国の勝利ということに。4000年も前から麺を啜り続けていたとは、中国人の麺ラブ、恐るべし。

■3. 中国料理の奥義は「○○使い」にあり!

「奥義を体得したければ、油と対話せよ」なんて仙人風のお師匠さんが言ったかどうかは知らないが(たぶん言っていない)、中国料理は“油使い”に大きな特徴があるそう。南條さん曰く「中国人は油をたくさん使いますが、素材や味つけに適した火力の使い分けをわきまえています。だから、本格的な中国料理は油っこくない。むしろ、油によって素材の魅力をさらに引き出すような奥深さがあるんです」と指摘。

また小倉さん曰く「日本の料理人は油の見極めが不得手。中国の料理人はラードなどの動物性油脂や、菜種、大豆、落花生、胡麻などの植物性油脂を巧みに使いこなしている。それぞれの油の沸点、特性や効果、それがどんな味や食感をもたらしてくれるかを把握しています」と感心する。よし「考えるな。“油を”感じろ」の境地を目指すのだ!

■4. お金の代わりになる食べ物があった!?

はて、お金に代わるくらい貴重な食べ物って? 正解は……乾物。中国では乾物のことを「乾貨」といい、貨幣同等の価値のあるものとして珍重する。種類も豊富で、一説では600種以上とも。木村さん曰く「フカヒレやツバメの巣、干しアワビ、貝柱など高級食材には乾物が多い。紀元前からの古い食材もありますが、おいしく食べるための技術も研究し尽くされている」とのこと。

とりわけ乾物を戻す技術は極めて多様で「乾貨の調理は戻し方さえ間違わなければ九割方成功したも同然」といわれる。沿岸部が少ない中国では、海を見たことがない人も多いらしい。だからこそ、かつては海産物の乾物が余計に貴重だったんだろうなぁ。

■5. 中国料理の真髄といえるメニューを一つ挙げるなら?

食べただけで中国料理の真髄がわかる料理なんてあるのだろうか。否、あるわけがない……えっ? あるのっ!?

その料理とは、餡かけ肉団子。

木村さん曰く「揚げたものに餡をからめる調理法は、中国料理の象徴。こうした加熱調理を重ねる料理は他の国にはあまり見当たりません」。

日本料理は煮ただけ、焼いただけ、揚げただけと、加熱が一工程のものが多い。刺身に醤油、味をつけない天ぷらに天つゆと、食べるときに味を足すことも多いが、中国料理は盛りつけた時点で味が完成しているものがほとんど。

木村さんが補足する。「日本人は素材自体の味を楽しむ志向が強く、視覚重視で、季節感を大切にします。一方、中国人は食感が大事。特にサクサク、カリッとした食感が大好き。口に含んだ瞬間のなめらかさも好みます。カリッと揚げた肉団子になめらかな甘酢餡をまとわせるなんて、中国人が愛する食感そのもの」

餡のとろみに関していえば、小倉さん曰く「中国料理ではとろみづけの調味料の種類もさまざま」。一般的にはじゃがいものでんぷんである片栗粉が使われるが、他にコーンスターチや、日本の懐石料理のように上新粉、浮き粉など、さまざまなでんぷん質を料理に応じて使い分け、分量も加減するのだとか。中国人はとろみマニアだった!?

■6. 海鮮は庶民の憧れ!

ありとあらゆる食材を使いこなす印象の中国料理だけど、特に新鮮な魚介類を用いる海鮮料理のイメージが強い。だが、近代的な輸送・保存技術が普及する前は、新鮮な魚介などは海や川の沿岸で暮らす人々以外はまず食べられないもの。要は憧れの存在だったわけだ。

で、海鮮料理が発達する一つの契機になったのが、清朝の阿片戦争敗北。香港がイギリスに割譲され、多くの中国人が香港に移住。小倉さん曰く「香港で海鮮料理が一気に広まったのは、1970年代に入ってから。富裕層に加え、株式市場の誕生を背景に、成金が海鮮やフカヒレ料理を好んだことから海鮮の専門店が繁盛し、一般にも普及していったんです」。

なお、フカヒレが珍重されるようになったのは清代中期とか。つまりは、ここ300年程度のこと。歴代王朝の皇帝がモリモリ食べていたわけじゃないのね。

■7. 四川の唐辛子は中南米産!?

激辛料理の代名詞ともいえる四川料理。でも、唐辛子を使うようになったのはせいぜい400年ほど前のこと。唐辛子の原産地は中南米。それが大航海時代に世界中に広まったのだ。

もっとも、四川省ではそれ以前から、からしや山椒を使った辛い料理が好んで食べられていたそう。とりわけ山椒は四川の名産品であり、品質の高さは中国国内でも随一らしい。加えて、南條さん曰く「四川料理でも高級な宴席料理となると、前菜に辛いものが出てくる程度で、多くは辛くない料理です。また(四川と同じ西方系料理に属する)湖南省の料理も辛いのが特徴だけど、唐辛子の使い方が独特。赤唐辛子と青唐辛子をブレンドしたり、酢漬けにした唐辛子を使ったり、バリエーションが豊富なんですよ」。

ただ辛いだけ、なんて侮るなかれ!

■8. 「蒸し」が発達した残念な理由

孔子(紀元前551〜同479年)が暮らしていた頃古代中国では、「羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」の故事成句にもあるように、膾(生肉や生魚を細く切って味つけしたもの)など生食する料理も多かったそうだ。加熱するにしても、煮る、蒸す、炙る程度のシンプルな調理法ばかり。ちなみに羮とは肉や魚、野菜などを入れたスープのことだ。

木村さん曰く「中国では古代から『蒸す』調理法が盛んでした。その理由は『水がまずかった』『キレイな水が手に入らなかった』からだと考えられます。水がキレイじゃないと煮る料理はおいしく食べられませんが、蒸すのであれば、多少汚れた水でも蒸気にしてしまえば、調理に使えますからね」。わりと残念な理由だったようで……。

■9. 諸葛孔明の作戦「饅頭の計」とは?

中華まんといえばコンビニでも買えるメジャーな食べ物だけど、そのルーツは一説によると三国志の時代まで遡るとか。逸話の主人公は、蜀の宰相・知略家としておなじみの諸葛孔明だ。

南征の帰路、氾濫した川に遭遇した孔明。その地域には、氾濫を鎮めるために、人間を川の神に捧げなければならない……という野蛮な風習があった。それを改めさせようと、豚や羊の肉を小麦粉でつくった皮で包んで人の頭に見立て、川に投げ込んで見事、氾濫を鎮めたのだ。

ま、真偽はともかく、三国時代(220〜280年)には饅頭(マントウ=肉まん的なもの)が存在したとか。南條さん曰く「饅頭は具の入っていない蒸しパン状のもの。具の入っているものは包子(パオズ)といいます」。いわゆる日本の肉まんは肉包(ローパオ)というらしい。

■10. 回転テーブルは日本が発祥だった!

中国料理の食卓といえば、回転テーブル付きの円卓を思い浮かべる人も多いのでは? この回転テーブル、実は日本生まれなのだ。考案したのは目黒雅叙園の創業者・細川力蔵さん。お客が円卓の遠いところにある料理を取る際、わざわざ席を立っているのを見て「テーブルが回れば、座ったまま料理が取れるぞ!」とひらめいてしまったんだとか。そして1932年に誕生したのが、回転テーブル。後に華僑が母国にこれを紹介し、次第にレストランなどで使われるようになったそう。

南條さん曰く「中国では第二次大戦の頃まで『八仙卓子』という8人掛けの四角いテーブルが宴席などで一般的に用いられていました。変わらず伝統的な四角いテーブルを置いている店も多いです」。

なお、回転テーブルでは上座から順に時計回りで料理を取るのがマナー。

(文・漆原直行 中国料理について教えてくれた人:作家、翻訳家・南條竹則さん、中国食文化研究家・木村春子さん、音楽評論家、料理研究家・小倉エージさん)