■田臥勇太インタビュー@後編

 2004年11月3日、21時――。NBA2004−2005シーズン開幕戦、フェニックス・サンズvs.アトランタ・ホークス。

 第4クォーター、残り6分16秒。サンズの一員としてコートに立った田臥勇太は、味方のスティールにいち早く反応し、速攻の先頭を走った。トップスピードでパスを受け、ドリブルをつかず、そのまま踏み切る。ディフェンスのブロックをダブルクラッチでかわし、バックシュートを放つ。しかし、背後から必死に戻ってきたディフェンスにブロックされ、シュートは外れた......。

 このワンプレーが、今も田臥の瞼(まぶた)に焼きついている。

「どうやったら入ったんだろうって、いまだに考えることがあるんです。今なら、スピードを落としてボールを受けて、1個、2個ドリブルしてタイミングをずらしてフローターを打ちます」

 12年前の数秒を、田臥は、そう振り返る。

 ただ、思い返すのは、そのワンプレーだけではない。

「『あー、あのシュートが入らなかったのはなぜだろう』とか、たとえパスが通っても、『あー、跳んじゃってたな。踏み切らずにパスを出さないと』とか。毎日の練習、毎試合でのワンプレーを思い出しては反省をする。その繰り返しです」

 現在、田臥は練習開始の1時間半から2時間前には、コートに姿を現す。入念にストレッチを繰り返し、練習に臨み、練習後のケアも誰よりも時間をかけ、つまり、誰よりも長く体育館にいる。

 なぜ、そこまでバスケットボールに生活を捧げることができるのか?

「ほんと、単純です。試合に出られないこと、練習に参加できないことが本当に嫌なんです。それは、実際にケガをしてわかったことで。プレーできないことが、どれだけつらいことか。とにかくバスケがしたい。そのためだったら......。それだけですね、本当に」

 通常なら十数秒で履くことができるバスケットシューズを、田臥は紐を緩めては締めてを繰り返し、15分近くかけて履く。まるで、何かの儀式のように。

「小指の骨が少し出ているんです。そこにギリギリ当たらない強さ、なおかつすべての指がシューズのなかでしっかり動く結びの強さがあるんです。ジャストフィットする強さを探しながら履くので、時間がかかってしまって。いつからの習慣か? いつからなんですかねえ。ときどき、僕も思うんです。『いつからこれ、やってんのかな?』って(笑)」

 専属のトレーナーをつけてトレーニングし、世界中にアンテナを張り、「身体にいい」「競技能力が向上する」と言われることがあれば、すぐに取り入れる。数年前、ジョージア大学の研究で「運動前にコーヒーを飲むと持久力が向上する」と発表されると、練習前にコーヒーを飲むのが日課になったこともあった。シューズのインソールは、NBA選手も通うロサンゼルスにあるショップでオーダーメイドしたものだ。バスケットボールのためになることは、すべてやらなければ気が済まない。

「若いときは1日の大切さ、1試合の大切さをそこまで気にしていなかった。でも、年齢を重ねていくと、1年どころか、1日1日、1試合1試合が本当に大事になってくる。1日でも、1試合でもサボったら取り返しがつかないんで。それを身に染みて感じます。だから、やれることをまずやる。歳を重ねて、日々の生活における優先順位を、よりはっきりさせるようになりましたね」

 これだけのことをやっていれば、「もしケガをしても後悔はないのではないか?」と聞けば、田臥は笑った。

「究極を言えば、それくらいまでいきたいんです。でも今、ケガをしたら、『何かが足りなかったからケガをしたんだ。何をしたらよかったんだろう?』って考えるでしょうね」

 それならば、現役の、しかもシーズン中のアスリートに失礼を承知で聞いた。加齢による体力の低下など、どんなことを感じたら引退を考えるか?

「どうなんですかね!? ごめんなさい、どうなったら、どう感じたら引退するかなんて考えたことがないし、考えている暇がないですね。もちろん、ケガや疲労の回復という部分は、間違いなく以前より衰えています。でも、そういった面にどう対応していくかもまた、自分のなかではチャレンジなので。

『歳を取ったから、これがダメだ、あれもダメだ』じゃなくて、『歳を取ったから、こうなるんだ』という発見を楽しむというか。できないことを考えるんじゃなくて、やらなくてはいけないこと、できることを探す楽しみがある。だから、ほんと今、楽しいんです。プレーでもそうです。今、よく考えるのは、『いかにプレーを遅くできるか』ってことです。以前なら、そんなことは絶対に考えてない」

 日々のすべてをバスケに捧げる。では、それに見合う喜びを、田臥はどんな瞬間に感じているのか?

「うーん。バスケットボールがバスケットに入る瞬間が何よりも幸せですね。そのためにディフェンスだったり、オフェンスの組み立てだったり、パスやスクリーン、全部のプレーをやっているわけで。プレーだけじゃなく、練習や練習前後のストレッチ、身体のケアもそうです。バスケットボールがリングを通過する喜びのために、すべてをやっている気がします」

 さらに田臥は、「全部がつながっているような気がする」と続けた。

「大きなことを言えば、人との出会いも、次に決まるシュートに全部つながっている気がするんです。だから出会いや、もらったチャンス、いろんなことに感謝しなくちゃいけない。当たり前のことなんて、ひとつもなくて。

 たとえば能代時代、僕は3年連続3冠を取りました。でも、自分だけで達成したなんて感覚、一切ないんです。僕が入ったタイミングで、いい選手が揃っていてくれた。そこは、自分の力ではどうにもならない部分。いい先輩、いい同級生、いい後輩に恵まれて成し遂げた9度の優勝です。そして、その日々があったから、今につながっている」

 田臥は、「毎日、教えてもらうことばかりです」と、少し照れながら話す。

「NBA選手はもちろん、他の競技のアスリートのインタビューやコメントからも学ぶことは多いですし、それこそ小さな子の言葉のなかにもヒントがあったりするんです。この前、試合会場で『バスケットボールのどこが面白いですか?』って聞かれた子どもが、『シュートが入るのが楽しいです』『ドリブルするのがカッコいいです』って答えていたんです。そんな、すっごい純粋な声を聞いて、そうか、そうだよなって......。改めてバスケットボールの魅力を教えられたりもしますね」

 彼が発する言葉には、何が田臥勇太を田臥勇太たらしめているのか、その答えが散りばめられているようだった。

「僕は、バスケで絶対に負けたくないんです。昔からずっと。根本にあるのは、それだけだと思います。試合の勝敗はもちろんですけど、ひとりの選手としても負けたくない。選手個々の優劣や勝敗、何が勝ちで負けなのかって言ったら、それは誰かが決めることではなくて、自分が判断することだと思っていて。

 たとえば、僕より速い奴なんかいっぱいいる。でも、じゃあ僕の負けなのかと言ったら、そうじゃない。そういう表面的な部分じゃなくて、何が選手の勝敗を決めるかと言ったら、バスケットボールに対する情熱じゃないかと思うんです。そこに関しては、誰にも絶対に負けたくない。それが、すべてのプレーにつながっていると思う。

 だから、Bリーグだけじゃない。ミニバス、中高生、大学生、バスケットボールを好きなすべての選手にがんばってもらいたいし、そのために僕ができることがあるなら何だってしたい。でもその反面、僕はこれからも、『絶対に負けたくない』と思ってプレーを続けると思います。一緒に競争をしていこうって」

 最後に聞いた。二十歳の田臥勇太、今の田臥勇太、どっちがバスケ、うまいですか?

 間をおかず、その答えは返ってきた。

「今ですね。確実に今です。断言できます」

 最後の最後に聞いた。二十歳の田臥勇太、今の田臥勇太、どっちがバスケットボールを好きですか?

 返答は、さっきよりも速かった。

「それも、今です」

 田臥勇太を田臥勇太たらしめる理由のすべてが、きっとこのひと言に凝縮されている。


【profile】
田臥勇太(たぶせ・ゆうた)
1980年10月5日生まれ、神奈川県横浜市出身。リンク栃木ブレックス所属。バスケットボールの名門高校・秋田県立能代工業に入学し、3年連続でインターハイ・国体・ウィンターカップの3大タイトルを制して史上初の「9冠」を達成。2004年、フェニックス・サンズと契約し、日本人初のNBAプレーヤーとなる。2008年よりリンク栃木ブレックスでプレー。ポイントガード。173センチ・75キロ。

水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro