■男子柔道・井上康生監督インタビュー(後編)

昨年12月9日、国際柔道連盟(IJF)は2020年の東京五輪に向けた柔道の新ルール案を公表した。

 技のポイントである「有効」と、技ありふたつで一本となる(勝負が決する)「合わせ技一本」を廃止。反則などによる指導も、これまで4度目で反則負けとなっていたところを3度目に減らし、代わりに指導の差による勝敗の決着がなくなった。つまり、柔道界の絶対王者であるテディ・リネールに原沢久喜が敗れたリオ五輪100キロ超級決勝のように、わずか「指導1」の差で試合が決するような凡戦はなくなる。

 そして、男子の試合時間が5分から女子と同じ4分となり、技によるポイント差がつかなければ、これまで同様、時間無制限のゴールデンスコアに突入する。

 このルール変更案によって、選手の攻撃姿勢を促し、柔道の醍醐味である一本による決着を増やそうというのがIJFの狙いだ。

 もともと一本を目指す姿勢は、日本柔道が標榜するものであり、新ルールによって組み合わない変則柔道をする海外選手は減少するだろう。しかし、相手とじっくり組み合って勝機を伺う日本選手にとって4分という時間は短く、必ずしも有利に働くとは言えない面もある。井上康生は監督として、どう新ルールに対応していくのか。

── 新しいルールは、日本の柔道にとって有利なのでしょうか。それとも不利なのでしょうか。

「正直、やってみないとわかりません。柔道界全体として対応しなければならない部分と、選手個人で対応しなければならない部分があるように思います。情報をいち早く集め、理解し、それを現場に生かし、変化していくことが大事だと思います。ただ、ルールがどうなろうが、普遍的なもの、変えてはいけないものがあると思います。それは組んで、投げて、抑え込むことにおいて、高い技術を持っていること。そして常に一本を目指すということ」

── 4分という試合時間は、日本選手にとって不利ではありませんか。外国人選手の「スタミナ切れ」を待つような試合はできなくなりますから。

「その分"指導"が減りますからね。ゴールデンスコアを見据えた戦いをしなければならない。まあ、やってみないことにはわかりません(笑)」

── 新ルールに対応するための合宿などを行なう考えはありますか。

「それはありますね。ルールが変わることによって、当然、技術的に変えなければならない部分、スタイルを変更しなければいけない部分が出てくるでしょうから」

── 新ルールへの対応はありますが、慌ただしかった4年前と比べて、腰を落ち着けて強化にあたられているのではないですか。

「それはありますよね。リオまでの間に築いてきた土台もありますから。ただ、リオまでの4年と同じことをしていたら痛い目に遭うでしょう」

── 2月の欧州遠征には阿部一二三選手や飯田健太郎選手を派遣します。彼らはすでにシニアでの実績がありますが、東京五輪を見据えて若い選手に経験を積ませるような選手派遣も行なっています。

「私は選手を選考する上で、若いとかベテランだとか中堅だとか、そういう年齢の枠組みというのはいっさい取り払っています。誰にでもチャンスがあるわけです。ただ、たとえば飯田に関して言えば、昨年、世界ジュニアやロシアジュニアに派遣し経験を積ませた。その後、シニアの講道館杯やグランドスラムで結果を出した。順調に成長し、結果も残していますから、次のステップとして、海外のアウェーのなかで戦いを経験させたいというだけです。純粋にどん欲に柔道と向き合っている選手に対しては、チャンスを与えながら能力を伸ばしていきたい。それは全選手を対象に考えていることです」

── 柔道は競技人口の減少が叫ばれています。監督は柔道教室などにも参加し、子どもたちに指導を行なっていますが、ジュニア以下の柔道界についてどのような印象を持っていますか。

「ありがたいことに、私が参加する柔道教室では多くの子どもたちが参加してくれて、目をキラキラさせて柔道に取り組んでくれますから、競技人口の減少はあまり感じません。ただ、データでは明らかに競技人口は少なくなっていますし、大きな課題です。すぐにでも手を打たなければならない。数多くの子どもたちが柔道に触れ、柔道を続けようと思ってもらうためにも、全日本チームとしても魅力ある柔道を徹底しなければならないと思います」

── 世界選手権や五輪で活躍する、魅力ある選手を増やすのが底辺の拡大につながると。

「そう思います。(全日本合宿中)格闘家の青木真也さんに、全日本の選手の前で講義と指導を行なってもらう予定なんです。いろいろな技術に触れて、選手だけでなく、私自身のレベルアップもしなければならないと思っています」

── 青木選手ももともとは柔道家でしたが、柔道の枠に収まりきらず、総合格闘技の世界へ飛び込みました。青木選手のような柔道界の異端児を受け入れるのも、監督の器量ですね。

「日本の柔道界に身を置いていては、目がいかない技術が青木選手にはあると思うんです。また、考え方も、ちょっと風変わりなところがある(笑)。まあ、その道を極めていく人は、どこか変わっていますよね。彼の本を読ませてもらって、必ず選手や私は刺激を受けると思っています」

── リオ五輪の前にもブラジリアン柔術や海外の武術を選手に体験させていましたが、そういう経験が柔道の幅を広げると。

「もちろんそうですね。あと、自分の柔道はこんなものだろうと、勝手に自分で柔道の限界を作る選手というのは、成長していかないと思うんですよ。モチベーションを維持させ、自分がまだまだであることを自覚させるためにも、新しいことに挑戦させるのは大事だと思います」

── 選手のリミッターを外すのが指導者の役目であると。

「そうですね。最近、日本ハムの栗山英樹監督と対談させてもらったんです。栗山監督の本を読んで、また対談させてもらう中で、選手のモチベーションを高め、潜在能力を引き出すのがすごい方だなと思います。たとえば、大谷翔平選手を"1番・投手"で起用したり、DHで出場しているのに9回のマウンドに送り出したり、あるいは抑え投手だった増井浩俊選手を先発させてみたり......。ああいう選手起用というのは、監督として、勇気がいることだと思うんですが、選手のやる気を引き出すということにおいて、興味深い采配ですよね」

── 監督の期待を、大谷選手などはプレッシャーに感じていません。

「そうなんですよ! 栗山監督は起用法だけじゃなく、声をかけるタイミングなども絶妙ですよね。そしてそれに応える大谷選手の能力がとてつもなく高い」

── 身長188センチの飯田選手も身体能力が高く、小学生時代は野球選手で、シニアリーグから声がかかったという話を聞いたことがあります。サッカーもやっていたようで、足技が得意なのはその影響だと話しています。

「飯田は雰囲気的に大谷選手と似ていますよね。賢いコメントを発するし、顔も精悍。共通する部分がありますので、野球界の顔となっている大谷選手のように、柔道界の顔になってもらいたいですね」

── 彼は右組みで、内股を得意としますが、20年前の誰かと柔道スタイルがダブりませんか。東海大相模高校時代から大きな注目を集めた井上康生に......。

「いやいや(苦笑)。私はもっと子どもでしたよ」

(おわり)

柳川悠二●文 text by Yanagawa yuji