■F1ホンダ短期連載(2)
「マクラーレン・ホンダ、2016年の『×(バツ)』」

 ホンダ製パワーユニット(PU)の進化やチーム組織としての強化など、いくつもの光明が見えてきたF1マクラーレン・ホンダだが、その一方でネガティブな要素が多々あったことも事実だ。そんな2016年のマクラーレン・ホンダの「×(バツ)」を総括しておきたい。

 シーズン開幕当初に目立ったのは、PUの非力さだった。

 開発目標はメルセデスAMGに追いつくことを掲げていたものの、開発に遅れが生じてシーズン開幕に間に合わなかったからだ。開幕直前の2月末にF1総責任者に就任した長谷川祐介は、こう振り返る。

「2015年時点のメルセデスAMGとの差を縮めるために、我々は車体で1秒、パワーユニットで1秒というイメージを描いてパワーアップの計画を立てていました。ICE(内燃機関エンジン)だけではなくて、TC(ターボチャージャー)も含めてです」

 しかし、出力、ディプロイメント(エネルギー回生)、信頼性という3つの軸のすべてが、まだ目標には到達していなかったという。

「正直、シーズン開幕の時点ではどれも達成できていませんでした。ディプロイメントは少しよくなっていましたけど、目標のレベルには全然達していませんでした。信頼性の面でも、2015年のレベルに比べれば相当よくなっていましたけど、まだ不具合は抱えていました。レース本番でトラブルが出たことはありませんが、エンジンブロックそのものの信頼性が足りなかったので、そこから水漏れが起きたり、ターボだったり。序盤はMGU-H(※)だけではなく、全体的に水漏れが多かった」

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heat/排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 ただし、その目標値というのはメルセデスAMGに追いつくためのものであり、開幕前テストの出来映えを見るかぎりでは、毎戦入賞は可能なポジション――つまり、3強チームの後ろくらいにはいるだろうという見立てをしていた。

 この見通しの甘さが、もうひとつの「×」だった。

「開幕前の時点では、『きちんと完走さえすればポイントは獲れるんじゃないか』という感触はあったんです。実際にテストのタイムでも、そんなに下位に沈んでいるという感じではありませんでしたし、3強チームの後ろにはいるんじゃないかと思っていたんです。でも、ICEのパワーも出ていないし、ディプロイメントも十分じゃなかったし、(第3戦)上海の長いストレートで、『全然ダメじゃん』っていうのがわかってしまったんです」

 開幕仕様スペック1のICEでは、吸気系の気流がシミュレーションや単気筒テストどおりにならず、それが出力不足の原因となった。その後、ディプロイメントは第7戦・カナダGPの新型ターボで、そして出力は第13戦・ベルギーGPでのスペック3のICEで、ようやくおおよそ当初の目標に達することができた。

「当初の計画という意味では、そもそも最終戦で出したくらいのパワーを開幕戦から出すつもりでいました。そこは、大きく失敗してしまったと言わざるを得ません」

 開発の遅れを、長谷川総責任者はハッキリと認める。

 実は、第13戦・ベルギーGPに投入したスペック3も、かなり綱渡りの状況を切り抜けて完成に至ったものだった。

「信頼性の確認に手間取ったんです。夏休みに入ってもまだ(HRD Sakuraでは)耐久ベンチが回っていましたから。夏休み前の段階で仕様は決まっていて、あとは信頼性確認だけだったんですが、そこで何かひとつでも問題が出れば、もうスペック3は投入できないというギリギリのところでしたから、夏休みは祈るような気持ちで待っていましたね。ロン(・デニス)さんからも電話がかかってくるし(苦笑)」

 そして第16戦・マレーシアGPに投入を計画していた"鈴鹿スペシャル"とも言うべきスペック4は、開発していたタマが不発で、実戦投入を断念せざるを得なかった。

「それが入っていれば、今シーズンの目標としていたものを少し上回ることもできたと思います。理論的にはそれが見えていたんですけど、実際に作ってベンチテストをしてみると、想定どおりのパワーが出なかったんです」

 メルセデスAMGやフェラーリは当初から今季仕様の限界近くまで開発を進めており、シーズン中の伸びしろはさほど大きくはなかった。それでも、ホンダは追いつくことができなかった。

「ウチはTCやICEのインダクションと燃焼系のアップデートによって、緩やかにではありますが相対的なポジションは明らかによくなってきましたけど、そもそもメルセデスAMGやフェラーリのレベルに到達する技術力がウチにはなかったと言わざるを得ません。ですからシーズン後半戦は、いくらがんばっても届かないっていうところであがいている状態だったのがつらかったですね......」

 その理由は、ICEの燃焼コンセプトの根本的な違いにある。

 メルセデスAMGやフェラーリは、「セミHCCI(予混合圧縮着火)」と呼ばれる非着火燃焼技術を応用して、限られた燃料量で最大限の出力を絞り出すことに成功している。ルノーも第6戦・モナコGPから投入した改良型ICEでは、限定的ではあるもののこの技術を採り入れて、30馬力近い出力アップを果たしたとされている。

 ホンダも彼らに追いつくためには、こうした抜本的な新技術が必要な状況に直面している。しかし彼らは、2016年シーズン内の実戦投入を断念せざるを得なかった。

「正直言うと、メルセデスAMGには追いつけないなというのは早い段階でわかっていました。もっと抜本的に、ICEの骨格から見直して凌駕するものにしなければならないということです。

 具体的にどんな技術かということはまだ申し上げられませんけど、世間で言われているような新技術はすべて実際に研究検討しました。5月の連休明けには、『2017年用の開発を中心にして、そこから使えるものを2016年型に投入しようよ』という話もしたんですが、さすがにそれはとても間に合わないという判断に至りました」(長谷川総責任者)

 一方で、パワーユニットの性能が伸びるに従って、シーズン中盤以降は車体面のネガティブ要素も目に見えるようになってきた。

 MP4-31は空力的に不安定で、ごく限られたコース特性やコンディションのもとでしか想定どおりの空力性能を発揮できない。結果、鈴鹿のようにさまざまな速度域での空力性能とパワーのすべてが求められるサーキットでは、大苦戦を強いられることとなってしまったのだ。

 その原因となったのは、マクラーレンが誇るシミュレーション技術の不正確さだ。

 50%スケールの模型に風を当てる風洞実験でも、CAD設計データを使ってコンピュータで気流をシミュレーションするCFD(電子風洞)でも、優れたダウンフォース数値が出ているのに、いざ実際にコースを走ると、そのとおりにならない。マシンが安定せずグリップ感がないから、スロットルペダルを踏めない。結果、コーナーもストレートも遅いマシンが出来上がってしまう。

 実はマクラーレンには、以前からこの傾向があった。しかし、表彰台に絡んでいた2013年以前は、この実走とシミュレーションの"ズレ"がよい方向に出て、「自分たちの想定よりもマシンが速い」という不思議な現象が起きていたため、あまり問題視されなかったのだ。

 だが、2016年のシーズン終盤に「踏めないがためにシミュレーションよりもエンジン全開率が何%も低くなる」(ホンダ関係者)という事態に直面するようになって、いよいよ「シミュレーション技術に問題があるのではないか......」とチーム技術陣も認めざるを得なくなった。第18戦・アメリカGPからの4戦で、慌ててデータ収集や映像記録などによって実走状況の正確な把握と、シミュレーション技術の是正に乗り出してきた。これが、2017年に向けて「遅すぎた努力」にならなければよいのだが......。

 加えて11月には、ロン・デニスの解任騒動が起き、デニスの鶴のひと声で9月に加入したばかりのヨースト・カピートCEOの離脱が決定的になるなど、チーム体制面の不安もある。デニスの強権ぶりには賛否両論あったものの、彼に代わってチームを牽引するような強大な存在はまだいないだけに、これもネガティブな要素と言える。なにより、今は政治的なことにかまけている場合ではないと思うのだが......。

「○」に比べてやや「×」のほうが多いと言わざるを得ない。それが、2016年のマクラーレン・ホンダだった。

(つづく)

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki