第93回箱根駅伝は3冠、3連覇を狙う青山学院大の総合力の高さばかりが目につく大会になった。体調不良の選手が出るアクシデントに見舞われても、レースでブレーキとなる走りが出ても、その強さに陰りはなかった。

 青学大は1区で予定していた鈴木塁人(1年)がケガで使えなくなり、エントリーされたのは梶谷瑠哉(2年)。原晋監督に迷いはなかったという。東洋大がエースの服部弾馬(4年)を1区で起用したとはいえ、ひとりではそこまでいけないだろうとスローペースの展開を予想。今季は5000mと1万mで自己記録を更新している梶谷がうまくついていき、最後は持ち前のスピードを生かせばいけると考えたのだ。

 展開は予想通りに進み、梶谷は1位の服部に4秒差の4位という結果を残した。そのタスキを受けたエースの一色恭志(4年)は調子があまりよくないなか、区間賞は1時間07分17秒で走った神奈川大の鈴木健吾(3年)に譲った(一色は鈴木、拓殖大・デレセに次ぐ区間3位)。それでも順位は2位(1時間07分56秒)での中継となり、優勝を争うライバルに対して、駒澤大には17秒差、早稲田大と東洋大にはそれぞれ53秒、1分05秒という大差をつける走りができたことは大きい。

 3区は、12月まで絶不調で、原監督が「往路では一番不安があった」という秋山雄飛(4年)が走ったが、ライバルとの大差に加えて、前にいるのが優勝争いには絡んでこないとみていた神奈川大だったこともあり、焦ることなく落ち着いて走ることができた。

 1時間03分03秒で区間賞を獲得した秋山の走りが、4区の森田歩希(2年)と5区の貞永隆佑(3年)が見せた自分の役割を果たす着実な走りにつながる。翌日の復路6区では小野田勇次(2年)が、2位の早大との差を2分08秒にまで広げて、優勝を確実にした。

 12月30日に風邪を引いて丸一日寝込んだことで、往路には起用できなかった準エースの田村和希を7区で起用。15kmからは失速したが、前半に後続との差を広げようと突っ込んで走ったこともあり、終わってみれば区間11位ながら、区間3位の早大・井戸浩貴(4年)には47秒、東洋大の小笹椋(2年)には24秒負けただけの1時間05分40秒。逆に底力を見せつける走りだった。

 田村のアクシデントも8区の下田裕太(3年)が区間2位の快走で帳消しにし、「青学大の3連覇と3冠は100%間違いない」という状況となる。

 誤算がありながらも強さを発揮した青学大は、結果的に2位以下に7分21秒差をつけた。その完勝を許してしまった要因のひとつとして、東洋大が1区の服部で、酒井俊幸監督が期待していた30秒以上の差を青学大に対してつけられずに終わったことがある。酒井監督が想定していたのは11月の全日本大学駅伝で、中間点過ぎから飛び出した服部に駒大の工藤有生(3年)や早大の武田凜太郎(4年)が食らいつき、青学大の下田を30秒離したようなレースだった。

 だが箱根では、5km手前で服部が飛び出したものの、日大の石川颯真(4年)と東海大の鬼塚翔太(1年)が対応しただけで、武田と駒大の西山雄介(4年)は反応せず、競り合って前に行くような展開には持ち込めなかった。

「弾馬には、10km以降だとみんな構えているから、ペースが遅いときは5km手前からいかないとダメだと話していました。あそこでいき切れなかった理由を聞くと、『脚が重かった』と言っていました。5km16分台というペースは練習でもやっていなかったので、脚を使ってしまっていたのだと思う。弾馬も一度下がってから、1秒差でもきっちりと区間賞を獲ったのは立派だし、そのお陰で2年の山本も先頭集団の中で走る経験をできました。ただ、2区の一色君の調子があまりよくなかっただけに、あそこでレースを崩せていれば展開も変わったと思う」と酒井監督は振り返る。

 東洋大としては3区の口町亮(4年)と4区の桜岡駿(4年)の主力がきっちりと走っていただけに、1区で先手を取って青学大を焦らせる展開に持っていけなかったのが敗因だ。

 それは早大にも言えることだ。1区の武田は服部と3秒差の区間2位、2区の永山博基(2年)は1時間08分50秒で区間10位だった。もし、2区を青学大が追いかける展開に持ち込めていれば、一色を焦らせることもできただろう。さらに、一色に抜かれた状態で3区への中継だったとしても、秒差に持ち込めていれば、平和真(4年)は力のある選手だという認識は他選手にもあるだけに、不安を抱えていた秋山にもプレッシャーをかけて、崩すこともできただろう。4区と5区の力を考えれば、2区までがうまく流れていれば往路優勝もあり得た。

 一方、駒大も故障上がりだった4区のエース中谷圭佑(4年)を、余裕を持たせて走らせることができなかったことが敗因だ。3区終了時点で青学大と1分47秒差というのは、ある程度許容範囲でもあった。だが中谷は4秒前に東洋大、17秒前に神奈川大が見えていたために突っ込む入りになってしまい、後半は大失速する走りになってしまった。

 大八木弘明監督は「中谷は(箱根駅伝に)間に合ったという感じでしたが、まだ1万m以降の持久力までは戻りきっていなかったと思います。その中で自分を過信してしまったというか......。無難な走りをして1時間4分くらいでまとめてくれれば、5区で逆転して往路優勝もあったと思う」と話す。

 また、青学を止める可能性があったほかの大学も勝ち切ることができなかった。

 東海大は1年生を並べて勝負をかけたが、20kmへの不安が吹き出してしまう結果になった。さらに往路で旋風を巻き起こすかと期待された山梨学院大も、主力の佐藤孝哉(4年)と市谷龍太郎、河村知樹(ともに3年)が1週間前にインフルエンザにかかり、エースのドミニク・ニャイロ(2年)も右くるぶしを痛めていて戦いの前からすでに脱落する状況だった。

 そんな中で目立ったのは、ケガや体調不良が続出しながらも最後にはきっちり仕上げてきた青学大の調整力の高さだった。
 原監督は「自分がいなくても機能するような組織作りを13年間かけてやってきた」と自負する。一時は原監督も「メンバー入りは無理」と腹をくくった秋山が復活したのは、毎日1時間のトレーナーとの対話だったという。体作りでもプロに依頼してトレーニングメニューを作ってもらい、シューズもアディダスと提携して伝説的な靴職人の三村仁司氏に協力してもらっている。
 その点では東洋大の酒井監督も「青学大の選手層の厚さを実感させられましたが、フィジカル強化にプロフェッショナルがつくなどのバックアップサポートがあるのは非常に大きいと思います。その点ではうちもこれからは、大学と相談してそういうシステム作りにも手をつけていかなければいけないと思う」と認めている。
 各選手の素質や走力だけではない総合力の高さ。今回の箱根では、その総合力に他大学が敗れたと言えるだろう。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi